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ポケットモンスター光


イカヅチ山のサンダー伝説

前編

 さわやかな風が若草を揺らし、草原を走り抜ける。ひと切れの草葉を運び、どこまでも続く青空へと舞い上げる。彼方に山々を見渡し、広大な大地を割るように大きな川が流れる。カントー地方北東部のこの一帯は開発の手が伸びていない自然豊かな地域だ。
 空を裂く鳥の鳴き声。その下にふたりの男が対峙している。
 ひとりは十代の少年で名前をアムという。旅人が着る丈夫な服装で、大き目のリュックサックを背負い、赤い帽子が目立つ。半袖から覗く腕は日に焼けている。旅が成長を促したのか、年齢よりは大人びている精悍な顔つきだ。しかし、純粋に輝く目が少年のまま変わらない。アムは大きな夢を持って旅を続けている。
 対峙するのは二十代後半の男で、こちらも旅人の服装だ。動きやすさを重視した軽い素材の衣服に風よけのマントを羽織る。鋭い目と尖った鼻が攻撃的な印象を見せる。
 ふたりの間には、ふたりに代わって戦う二匹のモンスターが睨み合っている。
 ポケットモンスターを縮めてポケモンという。ポケットサイズのモンスターボールで持ち運べることからついた総称で、世界に何百もの種類が確認されている。野生のポケモンをモンスターボールで捕獲して、人々はともに暮らしている。
 ポケモンを捕獲し、育て、ポケモン同士を戦わせながら旅をする者をポケモントレーナーという。アムはポケモントレーナーである。対峙する男もまたポケモントレーナーだった。
 アムが操るポケモンはフシギダネという。緑色をした草タイプのポケモンだ。四本足のずんぐりとした体形で、背には大きな植物の種をつけている。目も口も大きいが獰猛さはない。
 対峙する男のポケモンはピジョットという。大きな翼を持つ鳥型のポケモンで、頭の後ろに流れるとさかが特徴だ。翼を羽ばたかせ、宙からフシギダネを睥睨している。
「ミドリ、〈つるのムチ〉!」
 アムはフシギダネをニックネームで呼び、繰り出す技を命じた。
 ミドリは大きく前傾姿勢になり、背中の種を前に突き出す。そこから複数の物体が飛び出す。つる草は空を引き裂き、空中のピジョットに命中する。鋭い〈つるのムチ〉は切れ味抜群なはずだが、ピジョットには効果が今ひとつだったようだ。余裕で空を旋回している。アムにはわかっていた。〈つるのムチ〉は草タイプの技で、飛行タイプのピジョットとは相性が悪い。
 ポケモンには草、炎、水、飛行といったタイプがある。ポケモンが繰り出す技にもタイプがある。そのタイプの相性によってバトルは大きく左右される。
「ピジョット、〈翼で打つ〉をお見舞いしてやれ」
 男が命じると、ピジョットは急降下して、大きな翼でミドリをしたたかに打ち据えた。ミドリは後方に大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。飛行タイプの技は草タイプのミドリに効果抜群だ。
 歯を食いしばるアム。ミドリはこれ以上戦えない。
「戻れ、ミドリ」
 アムはベルトに装着してあった赤と白に塗り分けられたモンスターボールを掲げた。ミドリが赤い光に包まれてモンスターボールに吸い込まれる。それをベルトに戻すと、アムは別のモンスターボールを前方に放り投げた。
「出番だ、ヒカリ!」
 モンスターボールが上下に割れ、中から赤い光の塊が飛び出す。赤い光は地面に到達すると弾け、そこに一匹のポケモンが出現していた。
 小柄な黄色の体。尖った耳の先端は黒い。稲妻を想像させる大きな尻尾。桃色の頬につぶらな瞳が相まって一見可愛らしいが、四本足で大地に立ち、耳と尻尾を逆立て、対するポケモンを睨みつけるさまは勇ましい。ねずみポケモンのピカチュウで、アムのもっとも古いパートナーである。ニックネームはヒカリだ。
 ピジョットはいなくなったミドリの代わりにヒカリに向かって〈翼を打つ〉攻撃を仕掛けてきた。ヒカリはそれをまともに食らったが大した痛手は負っていない。ピカチュウは電気タイプのポケモンで、飛行タイプの技には強い。
「よし、反撃するぞ、ヒカリ。〈十万ボルト〉だ!」
 アムの号令をわかっていたかのように、ヒカリは技を繰り出した。全身からプラズマが放たれ、するどい電撃がピジョットに襲いかかる。
 避ける暇もない。ピジョットは感電しながら吹き飛び、男の足元に墜落した。
 アムのガッツポーズとヒカリのガッツポーズが重なった。
「さあ、次のポケモンは何です?」
「ま、まいった。次のポケモンを出しても勝てないだろう。おれは鳥使い。飛行タイプの鳥ポケモンしか手持ちがないからな」
 男が両手を上げた。ポケモントレーナー同士の野試合はアムの勝利で幕が下りた。

 鳥使いの男はハヤブサと名乗った。鳥ポケモン専門のトレーナーで、各地を旅して珍しい鳥ポケモンを探しているという。
 ふたりは川岸の草地に腰かけ、流れる大きな川を見下ろしていた。水際で三匹のポケモンがじゃれあっている。ミドリと追いかけっこをしているのは亀の子ポケモンのゼニガメで、ミドリ同様アムの手持ちポケモンだ。丸い甲羅から四肢を出し、つぶらな瞳を持つ。仲良く遊ぶポケモンを満足して見守るアムの傍らには、ヒカリが丸まって居眠りをしている。アムにはもう一匹手持ちがいるが、トカゲポケモンのヒトカゲ――ファイガはモンスターボールから出たがらない。空は晴れ渡り、いい陽気だ。
「そのピカチュウはよく育てられているな、アムくん」
「一番の相棒ですから。ハヤブサさんのピジョットも強かったですよ」
 ハヤブサは笑った。「もう少し強力な技を覚えさせたいのだがな」
「〈翼で打つ〉は強烈でしたよ。防御に自信があるおれのミドリがやられてしまった」
「しかしピカチュウにはほとんど効かなかった。鳥ポケモンとしては電気タイプを出されたら打つ手がないな」
「そうかなあ」
 アムの言葉にハヤブサは首を傾げた。
「ハヤブサさんはバトルを諦めるのが早いんじゃないかな。タイプの相性だけじゃ勝負は決まらないとおれは思いますよ。それに残り一匹になってもできるかぎりの戦いをしないと。勝負は最後までなにが起こるかわからないですよね」
 ハヤブサはアムの言葉を噛みしめるように頷きながら聞き、しばらくして顔を上げた。
「諦めるのが早いか。確かにそうかもな」
 ハヤブサは遠い目をした。川の流れを見ているようでも、その向こうに広がる大地を見ているようでもなかった。
「ところでアムくんは鳥ポケモンを持っていないようだな。旅は長そうだが」
「はい。おれはこのヒカリと、さっきのミドリと、あのタンクっていうゼニガメ、それからこのヒトカゲの四匹が手持ちです」
「四匹か。バランスのとれたチームだな。おれは三匹だが、全部鳥ポケモンだよ」
「鳥ポケモン、好きなんですね」
 ハヤブサは右手を空にかざした。
「ああ。鳥ポケモンはいい。大空を飛び回り、世界のすべてを見下ろす。その生き方は自由だ。自分の翼でどこまででも行ける」
 かざした手を握り締める。「だからおれは憧れる。鳥ポケモンにこだわって、ポケモントレーナーを極めたい」
 アムにはなんとなくわかる。鳥ポケモンとか、なにかのジャンルに固執するつもりはないが、ポケモンを育て、ともに強くなりたいという気持ちは同じだ。
「いろいろな鳥ポケモンを見てきたよ。そして今見つけたいのが伝説の鳥ポケモン、サンダーだ」
 カントー地方に生息すると言われる三匹の伝説の鳥ポケモン。それが炎のファイヤー、氷のフリーザー、そしてかみなりのサンダーだ。アムは噂話でしか聞いたことがない。
「サンダーがこの辺りに生息しているんだよ」
「本当ですか」
 本当なら見てみたい。
「ああ。あの山、わかるか?」ハヤブサは地平線の彼方を指差した。高原の向こう、川を昇っていった先の彼方にぼんやりと山々が見える。「他のよりちょっと高い山があるだろ。先の尖っている」
 アムは目を凝らした。確かに頂上が尖っている山があるようだ。
「イカヅチ山っていうんだ。そこにサンダーがいるらしい。実のところ、おれはサンダーを見たくてあそこへ行く途中なんだ」
「へえ。おれもサンダーを見てみたいな」
 ハヤブサはアムを見た。傍らのヒカリを見て、ミドリとタンクを見た。
「かなり険しい道のりだと思うが、君なら大丈夫だろう。よかったらいっしょに行くかい?」
 アムは迷うことなく頷いた。

 川沿いに遡って長い道のりを行く。ハヤブサの歩幅は大きい。早足でついていくアムの足元には、短い手足を一所懸命に動かしてヒカリが追随する。全長四十センチのヒカリには早い歩調だが、がんばってついてきている。
「ずいぶん大変そうだが、そのピカチュウはモンスターボールに入れないのかい、アムくん」
「こいつはおれのパートナーですからね。バトルのときもたまにしか入れませんよ」
 アムと目があったヒカリはそうだと言うように鳴いた。
「ふうん。ジョウト地方辺りではパートナーポケモンを連れ歩きするのが流行したそうだが、それと同じものかな」
「ハヤブサさんはジョウトに行ったことがあるんですか?」
 ハヤブサは頷く。「他にもいろいろとな」
 川が細くなっていき、草原が荒野に変化していった。葉のついていない木々が目立ってきたころ、あれだけ爽やかに晴れ渡っていた空は薄暗くなっていた。遠くにあった山々が近づいてきている。吹き下りてくる風が冷たい。
 さらに進んでいくと、山の様子がわかってきた。どれも険しく大きな山だが、ひときわ高いイカヅチ山は先端が鋭く尖り、暗い雲を突き抜けている。近付くにつれて周囲の雰囲気も変わってきた。木々もほとんどなくなり、足場はごつごつとした岩場になった。
 ヒカリが足を止めた。気付いたアムが見下ろすと、ヒカリは四つ足を突っ張らせて険しい顔になっている。長い耳がぴんと立つ。物音に敏感なヒカリがなにかに警戒しているのだ。
 アムが止まったことに気付いたハヤブサが振り向いた。アムはヒカリが睨む先を見た。
 大きな岩が行く先を塞いでいる。その岩陰から何かが飛び出してきた。早い。
 四本足の黄色い身体。尖った耳。ピカチュウに似ているが違う。ふた回り大きいし、四肢が尖っていて攻撃的な印象を受ける。鋭い鳴き声を発したかと思うと、その身体から電撃を迸らせた。電撃はハヤブサの足元で弾ける。
「こんな場所に野生のサンダースがいるのか」
 ハヤブサは電撃にひるんで後退する。
 カントー地方でも珍しいイーブイというポケモンがいる。育て方によって様々な形態に進化するのだが、サンダースはそのひとつだ。アムは初めて見た。
 サンダースは威嚇の鳴き声をあげる。電撃が来る。
「ヒカリ、〈十万ボルト〉だ」アムが指示を出すと同時にヒカリは全身に力を込めて電撃を放った。
 ヒカリの〈十万ボルト〉がサンダースを直撃する。
 しかしサンダースは全くこたえていないようだ。それどころか見るからに生きいきとしている。不敵な顔で電撃を撃ち返してくる。ヒカリはその電撃を受けて傷ついた。
「サンダースの特性、〈蓄電〉か」
 ハヤブサの呟きにアムは戸惑う。そんな特性は聞いたことがなかった。
 ポケモンは種類ごとに特性をもっている。例えばピカチュウの特性は〈静電気〉で、触れた敵を麻痺状態にする。フシギダネの特性は〈深緑〉で、ピンチになると草タイプの技が強力になるといったものだ。
「〈蓄電〉を持つポケモンは電気タイプの技を受けると体力を回復させるという。アムくん、ピカチュウでは不利だ」
 アムは歯噛みした。そんな特性があることを知らなかったためにヒカリを傷つけてしまったことが悔しい。
「すまないヒカリ。交替だ」
 アムはミドリのモンスターボールを投げようとした。
「そこまでよ、サンダース」
 岩の影から女の声がかかった。アムは手を止めた。サンダースも動きを止めたようだ。岩陰から誰かが出てくる。
 涼しい顔の女だ。ハヤブサほどではないが背が高く、すらっとした手足。動きやすそうなつなぎの服を着ている。年はハヤブサよりは若いが、アムよりはだいぶ上だろう。
「あなたたち、わたしのサンダースの怖さはわかったでしょ。もう諦めて、ここから立ち去りなさい」
 女は厳しい目つきでアムとハヤブサを睨んでいる。足元ではサンダースがいまだに威嚇の態勢をとっている。どうやらサンダースはこの女のポケモンということらしい。
「いきなり何するんだよ。あんた誰だよ」
 アムは投げかけたモンスターボールをひっこめたが、いつでも投げられるようにしている。
「知れたことを。あなた」女はアムを指差した。「モンスターボールを投げるより、わたしのサンダースの電撃のほうが早いわよ」
 言われてアムはモンスターボールを強く握りしめた。確かに、あのサンダースの素早さは相当なものだ。
 何なんだこの女は。いきなり出てきてサンダースに攻撃させて、立ち去れなんて言う。最初は何がなんだかわからず戸惑っていたが、だんだん腹が立ってきた。諦めて立ち去れだって?
「さあ、どうするの? 尻尾をまいて帰るのか、それともサンダースの電撃を食らうのか、選ぶのね」
 腹は立つが、女の言う通り、どちらかしかできないようだ。アムはこの状況がなんとかできないか、あらゆるものを観察しようとした。そうしていると頭が冷静になってきた。そしてひとつの違和感に気付いた。女が言った言葉だ。
 もう諦めてって言った?
 アムは一歩進んでサンダースの前に出た。
「なによあなた。そんなにサンダースにやられたいの」
「やめてください。あなたは人違いしている。おれたちはあなたを知らないし、あなたが敵視している誰かとはなんの関係もないんだ」
 女が訝しがる顔をした。
「どういうことよ。あなたたち、あいつらの仲間じゃないの」
「あいつらって誰です」
「本当なの?」女は慌てたように手を上げた。「サンダース、待って。どうやらこの子の言っていること、本当みたい」
 サンダースはこちらを睨んだままではあるが、一歩退いた。代わりに女が前に進み出てきた。
「ごめんなさい。わたし、勘違いしていたようね」頭を下げる。「わたしはこの先の村に住んでるツバサというの。この子はパートナーのサンダース」
 アムはハヤブサと目を合わせた。どうやらツバサと名乗った女の誤解はとけたらしい。
「おれはアム。ポケモントレーナーとして旅をしてるんだ。こいつはパートナーのヒカリ」
「おれは鳥使いのハヤブサ。アムくんと同じ旅人だ」
「ごめんなさい。サンダースが警戒しているものだから、ついあいつらと間違えてしまったわ」
「あいつらって何なんですか?」
 アムの質問にツバサは少し考えてから答えた。
「お詫びをしないといけないかしら。アムくんにハヤブサさん、わたしの村に来れるかな。そこでゆっくり話ができると思うの」
 アムはハヤブサを見た。ハヤブサは頷いた。「イカヅチ山まではまだ遠い。ポケモンたちも休ませてやりたいし、おれたちも体を休めたい。寄り道していこう、アムくん」
「決まりね。わたしの村はこの岩場を越えた先よ。ついて来て」
 ツバサは軽やかに身を翻して岩場を進みだした。サンダースともども険しい道に慣れているようだ。その後にハヤブサが続く。アムはふたりに遅れまいと急いで足を動かした。

 ツバサに案内されたのはイカヅチ村といった。イカヅチ山の麓に位置し、古くからこの山を神聖視しているという。小さな村で近代的な建物はポケモンセンターくらいのものだ。
 ポケモンセンターは全国各地ほとんどの街や村に置かれている公共施設で、特に旅のポケモントレーナーに愛用されている。傷ついたポケモンを治療したり、ポケモン預かりシステムを提供したりする。トレーナーの休憩、宿泊場所を提供さえしてくれる。旅を含めたポケモンに関するあらゆる事を請け負ってくれるのがポケモンセンターだ。
 他には、村のいたるところに建物よりも背の高い先の尖った柱が立てられていた。アムが尋ねると、ツバサは村の儀礼的なものだと説明した。
 ツバサはイカヅチ村の村長の家の娘だった。門番らしいふたりの屈強そうな男のいる門から村に入ると、村の中心に建つ一番大きな家につれていかれた。
 外側は古めかしいが、中はそれほどではない。テレビやパソコンといった電化製品も揃っている近代的な家だった。大きな居間の大きなテーブルで、アムとハヤブサはツバサと村長、つまりツバサの父親と話をした。イカヅチ村の人々は古くからイカヅチ山をご神体と崇め、古いしきたりを守り、古めかしい生活を送っていた。最近では若い者が街へ出たり、外部との交易もあったりするので近代化しつつある。
「古いしきたりって何なんです?」アムが尋ねると、
「神様を大事にするということだね」と、ツバサと同じ涼しい目をした村長は答えた。「この村ではポケモンは神様の使いと信じられている。だからポケモンを神聖なものとして敬う。パートナーとして手持ちにもするが、それは神様の力をお借りしているということなのです」
「イカヅチ山には伝説のサンダーがいるって聞いたんですけど、それも神様の使いってことですか」
 アムの言葉に村長ははっとした。ツバサまでが目を見開いてアムの顔を見つめる。村長が口を開きかけたとき、外が騒がしくなった。村長は開きかけた口を閉じて、窓のほうへ体を寄せた。
「ツバサ、またやつらが来たようだ」
 ツバサは村長と目を合わせてから頷き、部屋を出て行った。
「お客人、すまないが、少しここで待っていてください」
 村長も部屋を出て行った。残されたアムとハヤブサは待っていても仕方ないから、その後を追った。
 村長の家を出たところは村の中心の広場になっている。そこに人だかりができていた。門番をしていた男たちが地面に這いつくばっている。その前に三人の男がいた。ふたりはチンピラ風の若い男で、もうひとりが親玉らしく、スーツ姿でポケットに手をつっこんでいる。チンピラ風のふたりの男の前にはそれぞれの手持ちらしいポケモンがいた。紫色のいかつい身体をしているニドリーノとニドリーナだ。このポケモンが門番を張り倒したのだろう。
 毒針ポケモンのニドリーノとニドリーナは毒タイプだ。両方ともニドランというポケモンが進化したもので、オスがニドリーノ、メスがニドリーナになる。基本的には四足だが、成長に従い二足歩行もできるのだろう、この二匹はどちらも二本足で立っている。
 チンピラたちは凶暴なポケモンに威嚇された村の人々を見てにやにやとしている。ニドリーナが大声で吠え、ニドリーノが近くに生えていた木を殴りつけて折った。
「あんたがた、乱暴はやめてくだされ」
 村長が駆け寄って抗議したがチンピラのひとりに胸を叩かれよろめいた。
「村長さんこそ、私たちの話を聞いてくれないから、こういう事になったのですよ」
 チンピラの後ろに控えていたスーツの男がポケットから煙草を取り出し、火を点けた。
「話だと」
「こちらが頭を下げて何度も訪っているのに、何の返事もしてくれない。こうすることでしか、私たちの意思は表示できないのですよ」
「その話なら何度も断っておる」
 村長はやっと体制を整えた。ツバサが体を支えている。
「どうしてそういう返事になるのですかねえ。この話は我々だけでなく、村の方々も幸せになる話なのに」
「ふん。騙されんぞ。あんたがたは自分たちの事だけしか考えとらん」
「やれやれ」とスーツの男はため息をついた。チンピラに目配せする。「だから私たちはこういう行動をとるしかないのですよ」
 チンピラたちがポケモンを操る。ニドリーナが村長に頭突きする。村長がまたもやよろけると同時にニドリーナはツバサの腕を掴んだ。ツバサが苦痛に顔を歪める。
「村長さんには良い返事をもらいたい」スーツの男は煙を吐いた。「しかし返事によっては怪我人がでるかもしれませんね。怪我人で済めばいい方かもしれないが」
「貴様ら」
「ピジョット、〈電光石火〉!」
 鋭い声が飛んだ。同時にモンスターボールが投げられ、そこから黒い影が飛び出した。早くて影にしか見えないポケモンがニドリーナの腕に体当たりして上昇した。ニドリーナはツバサを手放して後ずさった。上昇した黒い影は上空で翼を広げた。ピジョットだ。アムが横を見ると、ハヤブサがモンスターボールを投げたのだとわかった。自由になったツバサはこちらに走り寄り、ハヤブサの後ろに隠れた。
「てめえ、何しやがる」
 ニドリーナの持ち主らしいチンピラがハヤブサを睨みつけた。ハヤブサはそれを無視してその後ろのスーツの男と目を合わせていた。スーツの男は何も言えず、後ずさった。
 チンピラたちが顔を紅潮させて、二匹のポケモンをこちらに向けてきた。
「アムくん、タッグバトルだ。できるか?」
 アムは勿論と答えて、足元のヒカリを見た。ヒカリも状況を把握しているらしく、臨戦態勢だ。
「ヒカリ、頼む」
 ヒカリが前に出た。その横へ、ハヤブサのピジョットが舞い降りてきた。ニドリーナ、ニドリーノと対峙する。
「アムくん、素早さではこちらが勝っている。速攻でいくぞ」
 アムは頷いた。
「ヒカリ、〈十万ボルト〉」
「ピジョット、〈翼で打つ〉だ」
 四匹いるポケモンの中で一番初めに動いたのはヒカリだった。アムはヒカリを素早さ重視で育てている。元から備わっている素質も相まってヒカリは抜群の素早さを有しているのだ。ヒカリの体から電撃が飛び、ニドリーナに直撃する。
 ピジョットは翼を大きく広げて地面すれすれを飛ぶ。ニドリーノに避ける暇も与えず、凶器となった翼を叩きつける。
 ニドリーナとニドリーノは一撃目をなんとか堪えて反撃を試みる。ニドリーナは飛び上がり、ヒカリに向けて両足で蹴りつける。その〈二度蹴り〉をヒカリはなんなく回避する。
 ニドリーノはピジョットに対して頭の一本角を突き出す。ピジョットは回避が間に合わないが、それほどの傷にはならなかった。ピジョットがハヤブサの前に戻ってくる。
「どうやら力の差があるようだな。アムくん、一気に片付けるぞ」
 チンピラたちは歯ぎしりしている。
「お前たち、見苦しいですよ」
 スーツの男が後ろから声をかける。「でもウワンさん」となにか言い返そうとしたチンピラの一人の言葉を「黙りなさい」と遮る。スーツの男の名前はウワンというらしい。
「さあウワン、どうするんだ? 尻尾を巻いて逃げるのか?」ハヤブサがウワンを睨み据える。
 ウワンはハヤブサを睨み返す。
「とんでもない。確かにあなた方のポケモンは強い。しかしこれならどうですかな」
 ウワンはポケットから何かを取りだした。それをニドリーナとニドリーノに向けて放り投げる。なにかの石の欠片がふたつ、夕日を受けてきらめいた。ニドリーナとニドリーノの頭部にぶつかった瞬間、二匹の全身が光りだした。光は輝きを増していく。と同時に二匹の体が膨張しだす。
「月の石か!」
 ハヤブサの呟きを聞き、アムは月の石というものを思い出す。特定のポケモンを進化させるための石のひとつだ。あるトレーナーが月の石を使ってピッピというポケモンをピクシーに進化させたのを目撃したことがある。ニドリーナとニドリーノも月の石の力で進化するポケモンだと理解した。
 ポケモンの中には進化するものがある。通常は戦いにより経験を重ね、一定の強さに達すると進化する。それ以外にも月の石のような特別な道具を使ったり、トレーナー同士が交換したりすることで進化する。進化したポケモンは姿が変わり、能力も大抵は強化される。ちなみにアムのヒカリ――ピカチュウはかみなりの石を使うとライチュウに進化するのだが、アムは敢えて進化させない。姿が変わるのがいやなのだ。
 ニドリーナとニドリーノの輝きが消えていく。そこに出現した二匹は大きく姿を変えていた。体の大きさが五割増しになっているし、四肢も攻撃的にたくましくなっている。見るからに攻防ともに強化されている様子だ。
「ニドリーナはニドクイン、ニドリーノはニドキングに進化させました。これであなた方は手も足もでない」
 ウワンは高笑いをする。
「体が大きくなったくらいで。ヒカリ、〈十万ボルト〉をお見舞いしてやれ」
 アムの指示で、ヒカリは全身に力を込めて、〈十万ボルト〉を撃ち放つ。電撃はニドクインに直撃した。が、ニドクインは涼しい顔をしている。
「効果がない。どういうことだ?」
 アムは動揺する。
「ニドリーナがニドクインになったことでタイプが変わったんだ」
 ハヤブサが説明する。
「ニドリーナのタイプは毒のみだったが、進化したことで地面タイプが加わったんだ。電気タイプの技は地面タイプ相手にはまったく効果がない」
 アムは歯噛みする。ヒカリの覚えている攻撃技で通用するのは〈電光石火〉くらいということだ。〈十万ボルト〉を主力と考えていたから、特殊攻撃力は鍛えていても物理攻撃力は鍛えていない。物理攻撃の〈電光石火〉では強化された敵に対してどれだけ効き目があるかわからない。
 ニドクインとニドキングが突進してくる。ヒカリは避けられず、ニドクインの〈のしかかり〉で押しつぶされる。ニドキングはハヤブサのピジョットに頭部の角を突き立てる。ピジョットも避けられず、吹き飛ぶ。ダメージは大きい。ヒカリもピジョットも危険な状況だ。
「毒、地面タイプにヒカリじゃ不利か。ならタンクを」
「アムくん待て。ここはおれに任せてくれ。ピジョット、交替だ」
 アムを制してハヤブサはピジョットをモンスターボールに収め、別のモンスターボールを投げた。ウワンが苦笑した。
「苦し紛れに何を出してきても無駄ですよ。進化した二匹の攻撃力は抜群。どんなポケモンでもこの攻撃力の前にひれ伏すのです」
「どうかな」
 ハヤブサはにやりとした。モンスターボールから新たな鳥ポケモンが出現した。大きさはピジョットよりもやや小さい。体毛は黒い。鋭い眼は攻撃的だ。アムは首を傾げる。鳥ポケモンはそれほど種類は多くなく、旅を続けるアムはほとんどの鳥ポケモンを見ているはずだった。もちろんサンダーなどの伝説のポケモンは別だが。しかし、ハヤブサの出した鳥ポケモンは見たことがない。
「ムクバード、お前の力を見せてやれ」
 ハヤブサの号令に、ムクバードと呼ばれたポケモンは咆哮で応える。翼を広げて大音響の鳴き声を発したムクバードを見て、ニドクインとニドキングは震えたらしい。
「珍しいポケモンを出しても同じこと。お前たち、そろって〈二度蹴り〉を喰らわせてやりなさい」
 ウワンは部下のチンピラたちをすっ飛ばして二匹のポケモンに命令を下す。二匹も誰がボスなのかわかっているらしい。ニドクインはヒカリを蹴り上げ、ニドキングはムクバードに向かって飛び蹴りを喰らわせた。その蹴りは名前の通り、二回当たった。ダメージも二倍ということになる。が、ヒカリもムクバードもそれほど傷ついてはいないようだった。
「どういうことだ。進化した二匹の攻撃力はこんなものではないはず」
 うろたえるウワンに、ハヤブサは指を突き付ける。
「ムクバードの特性、〈威嚇〉さ。バトルに出しただけで敵の攻撃力を下げる。物理攻撃主体のお前のポケモンはこれで打つ手を失ったぞ」
 ウワンは顔を歪める。ポケモンに指示を出すこともできない。
「ムクバード、〈燕返し〉だ」
 ハヤブサの指示を受けて、ムクバードはまずニドキングに突進、翼を使って攻撃する。返す刃でニドクインに対しても攻撃する。ニドキングもニドクインもよろけてしまう。
「さあ、どうするお前たち、これ以上やってもどうにもなるまい」
 ハヤブサの元にムクバードが戻る。ヒカリも態勢を立て直し、敵を睨みつける。
 チンピラたちは何もできず、ウワンの指示を待つ。
 ウワンは舌打ちをした。
「あなた方、覚えておきなさい。私を怒らせたらどうなるか、これから身をもって知るでしょうね。お前たち、引き上げますよ」
 踵を返して立ち去るウワンを、チンピラたちは慌てて追いかけた。ポケモンをモンスターボールに戻すのも忘れている。ニドキングとニドクインは地面を揺らして、三人の後を追っていった。村に静寂が戻った。
「やったな、アムくん」
「ハヤブサさんのポケモンのおかげです。ムクバードというんですか」
「ああ、まあね」
 ハヤブサはムクバードをモンスターボールに戻した。ツバサがふたりの元へ駆け寄ってくる。村長も村人に支えられてきた。
「アムくん、ハヤブサさん、ありがとうございました」
「私からもお礼を言わせていただく。村を助けてくれて、ありがとう」
 ツバサと村長に言われ、アムは少し照れた。
「あいつら何なんですか」
「助けていただいたのだから、説明せねばなるまいな。家へ戻りますか」
 村人たちは自分の場所へ戻っていった。アムたちは再び村長の家へ招かれた。

 イカヅチ村の近くには川が流れている。下流にいくと広く大きくなる川はカントー地方にとって大事な水源だった。イカヅチ村も結構な高地にあるが、この川を遡っていくと、さらに山深い場所にその上流がある。
 数年前、その上流に発電所が建設された。川にはダムが作られる予定になっているのだが、ダムを作ると、イカヅチ村は水没してしまう。政府は長期的計画としてこれを施行したが、実はイカヅチ村住人は承諾していない。ダム建設問題はもう十年も前から始まっている。住人のうち、ダム賛成派はとっとと村を去っている。反対派は居座り続けいるわけだが、遅々として進まない状況に業を煮やし、政府は、実行を担当する半官半民のカントー電力に強引に進めさせることを決定したのだった。
 イカヅチ村住人は強硬に反発、村に居座り続けている。カントー電力職員は住人に対して始めは丁重な対応を採っていたが、今ではポケモンを使って、嫌がらせという言葉では済まされないようなことまでしてくるようになった。先のスーツの男、ウワンはカントー電力の手先なのだ。
「なるほど、事情はわかった」
 村長の話が終わると、ハヤブサは頷いた。
「しかし政府が決定したことに反対しているのはあなた方でしょう」
「我々もあの発電所とダムがカントー地方に必要不可欠ということはわかる。どこかが犠牲にならなければいい世の中にはならない。市民が選んだ政権が決定したことだ。我々がそれを否定するのは筋違いなのだろう。だが、政府の対応は許容できん。村を追い出されたら、我々の行く場所はどこにもない。そういう保証はされておらんのだ。それに、この村を捨てることはできないんだ。古いしきたりがあるからな」
「ポケモンが神様の使いだから大事にするっていうやつですか?」
 アムの質問に村長は頷く。
「それもあるが、それだけではない。この村には使命があるのだよ。あるポケモンを守るという使命がな」
「それがサンダーというわけか」
 村長より先にハヤブサが言い当てた。村長は静かに頷いた。
「この村の伝説ではイカヅチ山のサンダー様は神が遣わした守り神なのだ。だから村の者はポケモンを大切にし、サンダー様を敬い、その住処を守る。なぜか。サンダー様がいなくなるとイカヅチ山が滅びるとされているからじゃ」
「それは単なる伝説でしょう。サンダーは伝説のポケモンと言われてはいるが、他のポケモン同様、一匹のポケモンにすぎない。ポケモンがいなくなると山が滅びるというのは伝説というよりも、単なる迷信じゃないのか」
「我々はそれを縁にしてこの村で暮らしてきた。伝説は本当のことなのだよ。起きてみないとわからないというのでは、遅すぎる。それに我々がやつらに反発するのはもうひとつ理由がある。ヤツらは事もあろうにサンダー様を捕獲して発電所に利用するつもりなのだ。確かにそういう場所で人間のために働くポケモンがいないわけではないじゃろう。しかしサンダー様はイカヅチ山にいるべきポケモン。それを捕獲して無理矢理その力を利用するなどとは許されることではない」
「あいつら、そんなことを」
 アムは聞いていて腹が立った。ポケモンは人間にとって、ともに手を取って生きていくもの。それを人間の都合だけで利用するなんて、許せない。ハヤブサは黙り込んでいる。
「だから我々はここを動かない。発電所もダムも造らせない。電気が必要というのなら他の方法を考えてもらうまでだ。ヤツらがポケモンを連れてきて嫌がらせをするのなら、徹底的に抵抗するだけじゃ」
 村長はハヤブサを見た。
「ハヤブサさんにはいいヒントをもらった。〈威嚇〉の特性を持つポケモンは便利じゃな。そういうポケモンを集めることは我々の力だけでできる。それにツバサはああ見えてなかなかの使い手だ」
 アムは自分にもこの村のために何かできることはないかと考えた。しかしそれも必要ないかもしれない。村長もツバサもアムが思っている以上にたくましいらしい。
 その日はハヤブサとともに村長の家に泊めてもらった。夕食は高地で採れた野菜や肉料理を振る舞われた。どれも極上の味で、アムはたらふく食べた。ツバサとはポケモンについていろいろと話した。その中で、イカヅチ山のサンダーのことに触れた。
「サンダーを見に行くことはできないだろうか」
 ハヤブサのひと言に、ツバサは逡巡した。
「こんな時期だからわからないけど、父の許可がでれば見に行くことはできると思うわ。イカヅチ山は険しいから、わたしが案内してもいいし」
「君はサンダーの居場所がわかるのか?」
「サンダー様には収穫した木の実なんかをお供えに行くの。さすがに近くまで寄ることはできないけど、空を飛んでいるのをよく見るのよ」
「そうか。で、サンダーというのはやはりかっこいいのか。大きさはどうなんだろうか。鳴き声は」
 冷静なハヤブサがサンダーの話になると目を輝かせて子供のようになる。そこまでサンダーに憧れがあるのだろうと、見ているアムは可笑しかった。ピカチュウをゲットしたくてたまらなかった幼少時代の自分を思い出す。
 ヒカリはアムの足元で丸まって寝息を立てている。

 翌日は陽が昇らないうちに起きてアムとハヤブサは村を発った。ツバサもいっしょだ。イカヅチ山を登ることを村長が許可してくれたのだ。険しい道のりで一日では帰ってこられないらしい。朝早く出発して二日がかりになるということだった。
 出発前に村長から村に伝わるという技マシンをもらった。遠い昔、神の使いのサンダー様から授けられたという言い伝えがあり、〈かみなり〉という技をポケモンに覚えさせることができるものだ。言い伝えにいまいち信憑性がないのは、村長宅にはその技マシンがたくさん余っているらしいことを聞いたからだ。だからアムは遠慮なくもらっておいた。ヒカリの〈十万ボルト〉では太刀打ちできない相手が現れたら使おうと思った。
 麓からイカヅチ村までも険しかったが、イカヅチ山へ入ってからはそれ以上に急峻になった。剥き出しの岩や急斜面がアムの前に立ち塞がる。先頭を行くツバサはそれを物ともせずに進む。ハヤブサも難なくついていく。アムは遅れまいとして必死だった。モンスターボールに入ろうとしないヒカリも健気についてくる。
 険しい道をより困難にしたのが野生のポケモンだった。山地に多いイシツブテやゴローン、イワークといった岩、地面タイプのポケモンが襲いかかってくる。ツバサのサンダースは地面タイプに弱く、ハヤブサの鳥ポケモンたちは岩タイプに弱いから、それらに強いアムの草タイプであるミドリと水タイプであるタンクが主力にならざるを得なかった。なんとか撃退し続けているが、アムにとって厳しい道が続いた。やがて陽も暮れる頃、ミドリとタンクの体力も限界になろうとしていたとき、ひときわ強い野生ポケモンに襲撃された。
 野生には珍しいメガトンポケモンのゴローニャだった。イシツブテ、ゴローンの最終進化形で、パワフルで頑丈な強敵だ。ここでもミドリとタンクが活躍したが、ゴローニャは倒れる寸前に〈自爆〉した。自分の体を犠牲にして相手を倒す大技で、これでミドリが戦闘不能になっただけでなく、アムたちもあやうく爆発に巻き込まれるところだった。ツバサが爆発の直近にいたが、ハヤブサがいち早く察知し、どうにか助けることができた。ハヤブサは自分の身を呈して、覆いかぶさるようにツバサを守った。ハヤブサのマントはぼろぼろになったが、ふたりとも怪我はしなくて済んだ。ツバサはよほどびっくりしたのか、しばらく茫然となっていた。
「今日はここまでだな」
 ハヤブサが宣言した。イカヅチ山の半分は登ってきただろうか。崖の下に麓の村が小さく見える。薄い霧が立ち込めているが、下から見れば雲の中なのだろう。少し広くなっている場所を選んで、そこで野営することになった。アムはまずミドリとタンクの傷を癒してから野営の準備を始めた。
 アムは炎タイプのヒトカゲを持っているのだが、モンスターボールから出たがらない性格だ。例えば今日のように野営するときに、すぐに火を起こしてもらえるとありがたいが、ファイガにその気はないらしい。あいにく今は他のふたりも炎ポケモンを持っていない。高地なだけに肌寒く、火を起こさなければ寝ることもできない。苦労してやっと火を起こしてから、ツバサが持ってきてくれた食事を取ることができた。
「アムくん、イカヅチ山の感想はどう?」
「きついですね。へとへとですよ。ツバサさんはたくましいです」
「やだなあ。そんな言い方されたら男っぽいって感じじゃない」
 そんなに嫌がってはいない様子で、ツバサは笑った。
「まあ高地で暮らしていればね。これくらいの山道は慣れっこなんだ」
「アムくん」
 ハヤブサが口を開いた。
「旅を続けるならこれくらいは楽々登れるくらいでないと、この先苦労するぞ」
 耳が痛い。確かにハヤブサの言う通りだろう。ポケモンだけでなく、トレーナーの自分も強くなっていかなくてはいけない、と思う。
「ハヤブサさんもこの山道をすいすい登ってましたよね。おれは今まであまりこんな山道に来たことがないから結構きついんですけど。ハヤブサさんはよくこんな場所に来るんですか?」
「たぶんアムくんよりは長く旅をしているからな。いろいろな山を登ったよ。そうだな、このイカヅチ山よりも高くて険しい山もある。例えばシロガネ山とか、テンガン山とか」
 シロガネ山はカントー地方と、隣のジョウト地方にまたがる巨大な山だ。頂上はいつも雪雲に覆われていて、遠くからでもその白い山頂が見える。その麓には今のアムの目標であるポケモンリーグ本部がある。カントーを象徴する山といってもいいだろう。ハヤブサが言ったもうひとつの山についてはアムは知らなかった。
「テンガン山ってなんです?」
「ああ。シンオウ地方にある山だよ。こっちでいうシロガネ山クラスの巨大な山で、シンオウを東西に分断するほど裾野が長いんだ」
「シンオウ地方か」
 カントーから見ると遥か北にある地方で、アムはもちろん行ったことはない。
「ハヤブサさんはシンオウを旅したことがあるんですね」
 ハヤブサは頷いた。モンスターボールをひとつ出す。
「こいつはシンオウでゲットしたんだ。ムックルっていうのが進化してムクバードになった」
 イカヅチ村で見た、アムの知らなかった鳥ポケモンのことだ。どうりで見たことがなかったと思ったら、シンオウ地方だけに棲息するポケモンだったのだ。
「短い期間だったがね。こちらより寒いが、いい土地だったよ、シンオウは」
「いいなあ。おれもいつかは行ってみたいです」
 きっと行く、とアムは心の中で断言する。カントーだけでなく様々な場所に行き、様々なポケモンと出会う。



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