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イカヅチ山のサンダー伝説

中編

 翌日は早くから起きて山登りを再開した。山道に慣れてきたという実感がアムにはある。ツバサやハヤブサに遅れることなくついていける。相変わらず野生のポケモンに襲われたが、その都度ミドリとタンクに撃退してもらった。二匹も力をつけている。
 やがて一層険しい岩場を登りつめたとき、口数の減っていたツバサが口を開いた。
「この先に、サンダー様の住処があるわ」
 細い足場を気にしながらひとつの岩場を越えると、視界が開けた。霧に覆われているが、広い場所に出たことがわかった。中央に窪みのある巨大な岩塊。その上は空しかない。イカヅチ山の山頂なのだ。広場の外は霧しか見えない。崖下も霧に覆われて何も見えない。
「ここにサンダーが」
 ハヤブサが呟く。アムは周囲を見回してみた。ポケモンの気配は感じられない。あの巨岩の窪みがサンダーの住処らしいとは思うが、姿は見えない。アムはツバサに目顔で問う。ツバサは首を振る。
 不意にヒカリの耳が逆立った。首をめぐらして辺りを気にし始めた。
「どうしたヒカリ、なにか来るのか」
 言い終わる前に鋭い声が天から降ってきた。すべてを切り裂くような鋭い鳴き声だ。空の上、霧の中からだ。アムは目を凝らす。輝く何かが天空から降りてくる。
 鋭い鳴き声とともに体中からプラズマを発している。鋭く尖ったくちばし、何者をも射抜くような眼光、広げた翼から今も電撃を放っている。黄金に輝く体毛が美しい。その大きさは、鳥ポケモンの中で大きい部類に入るピジョットよりふた回りも大きい。
「これが、サンダー」
 ハヤブサはうっとりとした表情でサンダーを見上げている。ツバサはその様子を見守っている。アムは、先ほどからのヒカリの異常なまでの怯えようが気になっていた。いかにサンダーがプレッシャーを放ち続けていようと、ヒカリの怯え方は尋常ではない。まるでバトル本番だ。
 サンダーは一度旋回すると、空中でぴたりと止まった。プレッシャーを放ち、睥睨する先にはハヤブサがいる。サンダーとハヤブサの目が合う。と、サンダーはひときわ大きな咆哮をあげた。
 ヒカリが体を硬直させたのを知覚して、アムは思わず叫んだ。
「危ない」
 サンダーが翼を大きく広げる。その全身から電撃を迸らせる。無数の電撃が飛び散る。そのひとつがハヤブサを狙う。アムの声に反応したハヤブサが飛び下がる。紙一重で電撃はハヤブサをかすめ、足元を抉った。
 サンダーは急降下してハヤブサに突進する。その鋭いくちばしで狙いを定める。これもハヤブサは一瞬早く身を伏せてやりすごす。
 サンダーは空中に舞い戻り、旋回する。どう見てもハヤブサを攻撃しようとしている。アムやツバサは目に入っていない様子だ。
「どうなっているんですか、ツバサさん」
 アムの問いかけにツバサは首を振る。
「わからない。確かにサンダー様は気難しい性格だけど、ここまで人を攻撃したりしない。初めての人をいきなり連れてきたからかしら」
 サンダーはハヤブサに対する攻撃をやめようとしない。
「仕方ない。バトルするぞ」
 ハヤブサはモンスターボールを投げた。そこから出てきたのはオニドリルだった。長い首、獰猛なくちばし、大きさは鳥ポケモンの中では大きい方なはずなのに、サンダーと比べればあまりにも小さい。
 オニドリルが出てくるのを見計らっていたかのように、サンダーの電撃が襲う。電撃はオニドリルに直撃し、オニドリルは声もなくハヤブサの足元に落ちた。もう動けないようだ。すぐにモンスターボールに戻る。
 ハヤブサは呻いた。何もできずに秒殺されてしまった。ハヤブサの手持ちは全て鳥ポケモンのはずで、サンダーの電気攻撃には手も足もでない。
「ハヤブサさん、下がって。ここはおれが」
 アムは進み出た。
「アムくん、無茶よ。サンダー様と戦うなんて」
 ツバサが制止しようとするが、アムはもうモンスターボールを投げていた。
「このままじゃハヤブサさんが危ない。なんとかサンダーを止めないと」
 アムのモンスターボールが弾ける。中から出てきたのはミドリだ。
 ハヤブサを狙ったサンダーの電撃はミドリが盾になって受け止めた。ミドリはびくともしない。草タイプのポケモンに電気タイプの技は効果が今ひとつだ。  サンダーが咆哮した。自分の攻撃を邪魔したミドリを睨みつけ、新たなターゲットにしたようだ。
 サンダーは辺り構わず電撃を撃ち散らす。ミドリに無数の電撃が殺到するが、先ほどと同じく効果は少ない。電撃はミドリだけでなくアムにも降り注ぐ。アムは踊るようにしてなんとかやり過ごし、ミドリに指示を出す。
「ミドリ、〈居合い斬り〉だ」
 ミドリは電撃をものともせずに飛び上がり、空中のサンダーに向けて鋭いつる草を振り下ろす。が、サンダーは事もなげに避けてしまった。
「届かない」アムは歯噛みした。「なら、〈つるのムチ〉だ」
 ミドリは着地すると同時に、空中に向けてつる草を伸ばした。鋭いつる草がサンダーに向かう。サンダーは旋回して避けようとしたが、つる草は方向を変えてサンダーを追い、命中する。
 アムは拳を握りしめた。〈つるのムチ〉は長射程だ。それはサンダーにも届くらしい。
 だがサンダーをよく見ると、大した効き目があったわけでないことがわかった。今のミドリの力では技を当ててもサンダーに傷を負わせることは難しいようだ。
 ミドリに対して電撃が効かないことを理解したらしいサンダーは、鋭いくちばしで突進してきた。ドリルのようなくちばしがミドリの体を吹き飛ばす。ミドリはアムの後方まで飛ばされて、地面に落ちた。もう立ち上がる力はないらしい。
「一撃で。力が違いすぎる」
 アムはモンスターボールにミドリを戻した。残る手持ちはヒカリかタンクかファイガだ。タンクを出しても電撃攻撃にやられてしまうだろう。ファイガは出ようとしない。ならばここは。
「ヒカリ、手強い相手だけど、頼む」
 ヒカリはアムの足元から駈け出して、サンダーと向き合う。サンダーが咆哮する。そのプレッシャーに負けないよう、ヒカリも威嚇の姿勢をとった。
 アムがヒカリに攻撃の指示を出すよりも早く、サンダーが動いた。くちばしを突き出して突進してくる。ヒカリは避けられない。直撃は免れたが、かすっただけで痛手を負ってしまった。しかしなんとかヒカリは持ち堪えた。
 サンダーの〈ドリルくちばし〉は強力だ。なにせ防御力に自信のあったミドリを一撃で倒してしまったほどの威力だ。その一撃にヒカリが耐えられたのはタイプの相性のせいだろう。電気タイプのヒカリは、飛行タイプの技に対して耐性がある。
 それでももう一撃は耐えられそうにない。アムは焦った。
「ヒカリ、〈十万ボルト〉」
 ヒカリは全身に力を込めて電撃を放つ。空中のサンダーに激しい電撃が殺到する。
「効いているぞ、ヒカリ。がんばれ」
 アムの気持ちに応えるように、ヒカリはさらに力を込める。電撃は激しさを増し、サンダーをひるませているように見える。
 サンダーが咆哮する。翼を大きく広げてヒカリの電撃を吹き飛ばす。それほどのダメージにはなっていないようなのを見て、アムは気付いた。
 サンダーは鳥ポケモンだ。飛行タイプの鳥ポケモンには電気タイプの〈十万ボルト〉は効果抜群だ。だが、サンダーは電気タイプも併せ持っているのだろう。電気タイプのポケモンに電気タイプの技は効果が今ひとつだ。効果抜群と今ひとつでプラマイゼロになってしまう。
 サンダーは怒りの形相でヒカリを睨み据える。咆哮をあげて〈放電〉攻撃を繰り出す。無数の電気がまき散らされる。ヒカリはそれを避けられない。電撃がひとつ当たるたびにヒカリは傷つき、立っているのがやっとになる。すでにヒカリの体力は限界に近い。これ以上戦わせるのは危険だ。アムはヒカリの交替を考える。残っているのはミドリだけだが、サンダーに対して手も足も出ないことはわかっている。どうしていいかわからないでいると、ヒカリの鳴き声が聞こえた。ヒカリがこちらを見ている。まっすぐにアムの目を見て、健気に立ち上がる。まだやれる、と言っているのだとわかった。
「ヒカリ。よし、お前を信じるぞ」
 アムはヒカリの目を見返し、次の指示を出そうとした。その時、衝撃が走った。
 サンダーの周囲で何かが爆発した。閃光で目がくらみ、爆煙が視界を閉ざす。耳をつんざく大音響と、肌を焼く熱波がその場にいる全員を襲う。
 アムたちの背後から何かが煙の尾を曳いて飛んでいく。ミサイルらしきものに見えたそれはサンダーのいる辺りに到達すると爆発した。衝撃が山頂を揺らす。アムとハヤブサはよろめき、ツバサは耳を塞いで屈みこむ。
 ミサイルの爆発を間近で受けたサンダーは空中で姿勢を保てず、きりもみの状態で落下する。
 アムは混乱しそうになりながらも状況を確かめようと周囲に目を向けた。ミサイルの爆発でバカになっていた耳が回復しつつある。異質な音が聞こえてきた。なにかの羽ばたきのようだ。アムはミサイルの飛んできた背後を振り返る。空の中を、雲を突き抜けて上昇してくる何かがあった。羽ばたきの音も大きくなる。それはヘリコプターだった。鈍く光る銀色のボディに、黒く塗りこめられたキャノピーがいかめしい。そのヘリがローター音を響かせて上昇してくる。あっという間にアムたちを飛び越えて空中のサンダーの目の前で滞空する。
「なんでこんなところにヘリコプターが」
 ツバサが呟いている。アムは目を凝らした。黒いキャノピーの内側に見覚えのある顔があった。イカヅチ村で会ったスーツの男、ウワンだ。
「ツバサさん。やつらです。カントー電力の」
 アムの声にツバサは我を取り戻したようだ。
「なんであいつらがここに。サンダー様の結界で空からは近付けないはずなのに」
 ツバサが信じられないものを見る目でヘリを見ている。
「どういうことです?」
「この山はサンダー様が守っているの。サンダー様の特別な力で、空から近づく者をかみなりで撃ち落とすのよ。ヘリも飛行機も、ここへは近寄れない」
「じゃあなんであいつらがここへ来れたんです」
「わからない。もしかしたら、わたしたちとバトルしていたからかもしれない」
 そうかもしれない。サンダーはハヤブサやアムとの戦いに集中して、接近するヘリに気付かなかったということは、十分考えられる。
 サンダーはミサイル攻撃でひるんでいた。空中で動きがぎこちない。そんなサンダーにヘリは一気に間合いを詰める。ヘリのコクピットの下辺りから何かが飛び出した。空中で広がり、それが網のようなものだとわかった。サンダーが避ける間もなく、その網が覆いかぶさる。あっという間にサンダーを捕えてしまった。
「あいつら、なんてことを」
 ポケモントレーナーはポケモンを捕獲するものだ。だが無理矢理捕えるというものではなく、ポケモンとバトルを通して気持ちを通い合わせ、ポケモンがトレーナーを認めたときに初めてゲットするものだ。
 バトルもせず、機械の力に頼ってポケモンを捕獲するというのは、許されていない。そんなことをするのは犯罪者とか密猟者くらいのものだ。
 サンダーが網の中で叫ぶ。暴れているが、網は頑丈なものらしくびくともしない。ヘリは網を吊り下げたまま、その場で反転した。
 黒いキャノピーの向こうでウワンが口を歪めてこちらを睥睨しているのが見えた。
「サンダー様を連れていったら大変なことになるわ。アムくん、ハヤブサさん、あいつらを止めて」
 ツバサはそう言ってモンスターボールを投げた。サンダースが出現する。
「サンダース、あのヘリに向けて〈電撃波〉」
 アムも遅れずにヒカリに指示する。
「ヒカリ、〈十万ボルト〉だ」
 サンダースとヒカリが電撃を放つ、しかしヘリには避雷針のようなものが付いていて、すべてそれに吸収されてしまった。
 ヘリはその場を離れ、ゆうゆうと雲の中へ下降していく。
「ツバサくん」
 ヘリの去ったほうを力なげに見ているツバサにハヤブサが声をかけた。
「さっき、サンダーを連れていったら大変なことになる、と言っていたが、何かあるのか?」
 ツバサは頷いた。
「サンダー様はイカヅチ山の守り神なの。というよりもイカヅチ山から、わたしたちを守ってくれているのよ」
「守っている? 何から?」
「イカヅチ山からです。つまり、イカヅチ山ってとても危険な山なの。本来は、絶えず雷雲に包まれ、その周辺に豪雨と落雷を振りまく。昔から、イカヅチ山の怒りによって滅ぼされた町や村が無数にあるというわ。そんな人々を不憫に思った神様がサンダー様を遣わしてイカヅチ山の怒りを抑えているの」
「それはただの伝説だろう」
 ハヤブサの指摘に、ツバサはゆっくりと頭を振った。
「村に古くから伝わっている。サンダー様を大切にすること。決してサンダー様をイカヅチ山から連れ出さないこと。伝説なんかじゃない。わたしたちは滅ぼされかけた人々の生き残りの子孫なのよ」
 ハヤブサはツバサの瞳を見つめた。アムもそうした。ツバサが確信のないことを言っているわけでないことはすぐにわかった。
「あいつらを追いかけよう。すぐに」
 アムはハヤブサを見た。ハヤブサは頷いた。ツバサも力強く頷いた。いつの間にか山頂の上にまで雲が覆ってきている。どことなく重くて暗い雲に見える。

 来た道を引き返そうとしたとき、そこに誰かが立っていた。まるで道を塞ぐように仁王立ちしている。
 アムと同じくらいの少年で、尖った髪型、意志の強そうな目、黒いシャツに動きやすそうなズボンといういでたちだ。アムはその少年を知っている。
「ユウマ」
 ユウマはアムのライバルだ。少なくともアムはそう思っている。幼い頃からの付き合いで、ポケモンを初めてゲットしたのも、トレーナーとして旅立ったのも同じ日だった。ユウマもアムと同様、ポケモントレーナーとしてカントー地方を旅している。旅先ですれ違うことは何度かあったが、こんなところで会うとは夢にも思わなかった。
「ユウマ、挨拶は後だ。おれたちは今急いでいる」
「わかっている。だからおれはここにいる」
「なに言っているんだ。サンダーが捕まったんだ。助けないと大変なことになる。ユウマも見ただろう、ヘリコプター。おれたちはあいつらを追っているんだ」
「あいつらを追わせはしない。おれはお前たちを足止めするためにここにいる」
 ユウマはおもむろにモンスターボールを放り投げた。ボールからポケモンが出現する。
 二本足の赤いポケモンだ。とかげのような顔に鋭い爪をもつ手、尻尾から炎が燃えている。火炎ポケモンのリザードだ。確かユウマはゲルググと呼んで進化前のヒトカゲから育てていた。
「ユウマ。わかってるのか。あいつらはサンダーを無理矢理捕まえたんだ。それにサンダーがいないとこの山は」
「問答無用。今のおれはやつらの用心棒で、ここでお前たちを足止めすることが仕事だ。ポケモンを出せ、アム。ゲルググ、〈火の粉〉だ」
 ゲルググが技を繰り出すために力を溜める。バトルは避けられないと悟り、アムはヒカリに指示を出す。
「ヒカリ、〈電光石火〉で先制だ」
 ヒカリは猛烈なダッシュでゲルググに突進した。ゲルググは少しよろけたもののすぐに態勢を立て直し、口を大きく開けて炎を吐きだした。
 接近したヒカリは避けられず、火の粉が体に吹きつけられる。艶のいい体毛のところどころが焦げる。ヒカリは苦しげに顔を歪めるが、まだ大丈夫というようにアムの足元で戦闘態勢をとる。
「アム。そんなやわな攻撃じゃあ、おれのゲルググはびくともしないぜ。ピカチュウの最高の攻撃をしてこいよ」
 ユウマが指を立てて挑発してくる。
「バカにするなよ、ユウマ。ヒカリ、お前の力を見せてやろうぜ。〈十万ボルト〉、フルパワーだ」
 ヒカリが気合いの鳴き声を上げて、全身から電撃を放出する。電撃はゲルググに直撃する。ヒカリがさらに力を込めると電撃の輝きが増し、ゲルググを苦しめる。
「どうだユウマ」
 アムはユウマのうろたえる顔を予想していた。が、ユウマは予想に反して余裕の涼しい顔をしている。鼻で笑った。
「そんなものか、お前のピカチュウは。それじゃあ、おれのソニックの足元にも及ばないぜ」
 ソニックとはユウマが手持ちにしているピカチュウのことだ。アムがヒカリをゲットした同じ日に、ユウマはソニックをゲットしていた。アムとユウマがライバルなら、ヒカリとソニックもライバルだった。
 アムはゲルググを見る。ヒカリの〈十万ボルト〉に耐えきって、得意げに口元を歪めている。
「攻撃というものを教えてやれ、ゲルググ。〈火炎放射〉」
 ゲルググが大きく息を吸い込み、吐き出す。口から出たのは炎の息だった。〈火の粉〉とは比べ物にならない熱気と激しさだ。ヒカリは炎に包まれる。炎が通り過ぎたとき、ヒカリは全身を黒焦げにして、地面に倒れていた。
 アムはヒカリの名を叫び、駆け寄った。ヒカリはほとんど戦闘不能に近かったが、まだ立とうとしている。
「ほう。根性だけはあるようだな」ユウマが感心したような声を出す。「ピカチュウはまだやる気のようだぜ、アム。チャンスをやろうか。なにか道具を使う時間をやるよ。傷薬でも使ってやったらどうだ?」
 アムはユウマをひと睨みしてからヒカリの背中を撫でた。焼け跡が痛々しい。アムはリュックの道具入れからポケモン用の傷薬と火傷治しを出した。ヒカリに使ってやればまだまだ戦えるだろう。それを見たヒカリが首を振った。何かを主張するようにアムの目を見据える。アムはヒカリが何を考えているかがわかった。アムは第三の道具を取りだした。
「使う道具はこれでいいんだな」
 ヒカリが頷いた。アムはその道具をヒカリに使ってやった。
「道具を使ったな、アム。しかしおれの勝利に変わりはない。これで心おきなく打ちのめしてやれるぜ。ゲルググ」
「ヒカリ、新しいお前の力を見せてやれ」
 素早さに勝るヒカリがゲルググより先に動く。ヒカリは〈十万ボルト〉のときのように全身に力を込めて電撃を蓄える。ゲルググに向けて跳躍すると、空中でその電撃が炸裂した。〈十万ボルト〉より激しい電撃がゲルググに襲いかかる。
 ユウマは目を見開いた。電撃はゲルググの足元に落ちて、地面を爆ぜさせた。その威力は絶大で周囲は爆風と閃光に覆われた。
 命中はしなかったものの、ゲルググはその技のあまりの迫力にひるんでいる。
「どうだ、ユウマ。ヒカリの新しい技、〈かみなり〉だ」
 アムは回復の道具ではなく、技マシンをヒカリに使った。イカヅチ村の村長からもらった〈かみなり〉の技マシンだ。〈かみなり〉は〈十万ボルト〉よりも強力だが、命中率が低いという欠点もあった。ゲルググに命中しなかったのはそのためだ。だが当たれば相当のダメージを期待できる。
 ユウマは〈かみなり〉の落ちた跡を見つめている。
「やればできるじゃないか、アム」ユウマはまだ余裕の表情だ。「ピカチュウでもここまでやれるか。やはり〈かみなり〉は必須なのか」とぶつぶつ言った。
「強がりはよせよ、ユウマ。まだやるのか」
 ユウマは鼻で笑った。
「得意になってろ。ゲルググ、〈煙幕〉だ」
 ユウマの指示でゲルググが動いた。口から黒い煙を吐き出す。大量の煙により、視界が効かなくなる。アムは次の攻撃を警戒した。
「まだまだだよ、アム。もっと強くなれ。そうしたら、おれが本気で相手してやる」
 ユウマの声が遠くになっていく。煙が晴れたとき、ユウマもゲルググも姿を消していた。
「なんだよ、あいつ」
 アムはやり場のない怒りをどこにぶつけていいかわからず、地面を蹴った。アムの肩にハヤブサが手を置いた。振り返るとハヤブサとツバサが心配そうに見ている。
「今の少年、因縁のあるライバルのようだな。割って入っていけなかったよ」
「アムくん、大丈夫?」
 アムは頷いた。
「ヒカリに傷薬を使わせてください。それからやつらを追いかけましょう。急がないと」
 辺りが暗いのは〈煙幕〉のせいではない。黒い雲がイカヅチ山全体を覆っていた。

 アムたちが麓に降りたころ、辺りは黒雲に覆われていた。だけでなく、その雲からかみなりが落ち続けていた。稲光と轟音が止まない。イカヅチ村ではこういう事態を想定していたらしく、避雷針のおかげで建物などに被害はないようだった。村のいたるところに立っていた柱が避雷針だったらしい。
 それにしても激しいかみなりだ。まるで天地が怒り狂っているかのように、次々と落雷が襲う。イカヅチ山を渦巻くように厚い雲がまとわりついている。
「これが本来のイカヅチ山の姿なのよ。サンダー様がいなければ、わたしたちは滅びるだけ」
 ツバサに従い、村長の家に入った。村長は蒼白な顔でアムたちを迎えた。アムたちは村長にイカヅチ山でのいきさつを伝えた。村長は床に座り込んでしまう。
「なんということを。あの者たちは自分のしたことがわかっていない。サンダー様を捕まえるなどと。そんな罰あたりなことをすればどうなるか」
「村長さん。このかみなりを止める方法はないんですか」
 村長は首を振る。
「こうなってしまっては我々にできることはない。滅びるのを待つしか」
 アムは納得できない。
「そんなの間違ってる」
 村長がアムの目を見上げる。
「滅びるのを待つなんて間違ってます。サンダーがいなくなってこうなってしまったっていうのだったら、サンダーを取り戻せばいいんだ」
「しかし我々にその力は」
「村長さんは言っていたじゃないですか。徹底的に抵抗するって。村で大事にしていたポケモンが不法に捕獲されたんだ。それを黙って見ているだけなんて間違っている。古いしきたりを守ってきたのは何のためです」
 アムの剣幕に押されて村長は返す言葉もない。
「おれは行きます。あいつらからサンダーを解放するんだ。おれの考える正しい世界は、ポケモンと人とが助け合って生きていく世界です。この世界はそうやって成り立っていますよね。おれはそれを守ります」
 アムは村長の家を出た。
「待って、アムくん」
 ツバサが追ってきた。
「わたしも行くわ。イカヅチ村の危機なんだもの。わたしたちは不屈の精神を忘れたりしない。わたしはあいつらの行き場所を知っている。川の上流の発電所よ、きっと」
 ツバサの後ろにはハヤブサがいる。
「乗りかかった船というやつだな」
「ハヤブサさん。ツバサさん。行こう、サンダーを取り戻すんだ」

 アムたちは川沿いを上流へ向かって進んだ。その間にも黒雲は広がっていき、イカヅチ山から離れてもかみなりがいつ落ちるかわからない恐怖と戦いながらの溯上となった。イカヅチ山を登ったときとは違って野生のポケモンの邪魔はなかった。野生のポケモンは皆、イカヅチ山の異変を察知して姿を消している。
 遠く近くで落雷があるたびにアムは身を縮めた。ツバサが平気な顔をしているのには驚いたが、イカヅチ村に住んでいる以上かみなりには慣れっこなのだろうということに気付いた。サンダーがいるときでも、今ほど酷くないとはいえ、落雷は頻繁にあるという。
 上流に行くほど道は険しくなったが、三人はなんとかカントー電力の発電所に辿り着いた。
 建設途中のダムに併設されているコンクリートの建物だ。屋上にはヘリポートがあり、見覚えのあるヘリが停まっていた。
「あいつら、やっぱりここにいるんだ」
 アムが身を乗り出そうとしたとき、ツバサが手で制した。
「あれを見て」
 ツバサが指さした先は発電所の正面入り口の辺りだった。ふたりの男が見張り番のように立っている。その両脇には二匹のポケモンが控えている。ニドキングとニドクインだ。イカヅチ村で戦ったチンピラふたり組だとわかった。
「簡単には中に入れてもらえそうにないわね」
 ツバサが考え込む。
「あんなやつら、やっつけてやればいいですよ」
「いや」
 アムを制したのはハヤブサだった。
「おれに考えがある。あいつらの相手はおれに任せてくれないか。その隙にふたりは別の入り口から行ってほしい。ほら、あそこから裏口に行けそうだ」
 ハヤブサの示した先には、確かに建物の裏側に行けそうな場所がある。そこには別の入り口があるかもしれない。ハヤブサの実力ならあのふたりを相手にしても問題なさそうだ。アムとツバサは同意した。
「では、くれぐれも気をつけて行ってくれ」
 ツバサがもじもじしている。ハヤブサが目で促すと、「ハヤブサさん」と神妙な顔をした。
「決して無理はしないでください。ハヤブサさんが怪我でもしたらわたし」
「おれの心配はいらないよ」
 ハヤブサは微笑をしてみせた。ツバサとハヤブサは見つめあう。それをアムはどうしたものかと見ていたが、いくら待ってもふたりが何も言わないので、咳払いをしてやった。ツバサがはっとした顔になり、顔を赤らめている。
 ハヤブサは照れる素振りも見せず「また後で」と言い残して正面入り口に向かって行った。ツバサが心配そうに見送る。
「ツバサさん。おれたちも行こう」
 アムが声をかけると、ツバサは決意の顔をして頷いた。

 ハヤブサの予見通り、建物の裏手には別の入り口があった。不用心なことに鍵も開いていて、アムとツバサはなんなく発電所に入ることができた。
 外から見るよりも発電所内は広かった。ふたりは職員や警備員から身を隠しつつ、内部を探索した。目指しているのはサンダーが捕えられている場所だ。
 巨大な発電機がある作業場、職員がせわしなく働いている研究室などをやりすごす。所長室と書かれた部屋にも入ってみるがサンダーの痕跡はなく、代わりに机の上にはサンダーの模型が飾ってあった。サンダーだけでなく、アムの見たことのない鳥ポケモンや伝説の鳥ポケモンらしい模型も飾ってあった。その部屋の壁には建物の見取り図が掛けられていた。それを見ると、地下にそれらしい空間があることがわかった。エレベーターで行けるらしい。
 所長室を出てエレベーターを探す。すぐに見つけたが、その前に警備員がいた。アムは迷ったが、ヒカリの〈電磁波〉でしびれさせ、通報されないよう縛りつけた。ポケモンの技を人に対して使うのは問題があるが、今は非常時だ。ツバサも同意してくれている。
 エレベーターで地下に向かう。所長室で見た見取り図を思い出して、目的の広い場所に出た。内部は暗く、よく見えない。
「そこまでです。おふたりとも」
 空間が突如として明るくなった。アムは眩しさで目がくらんだ。大きな部屋の中央にひとりの男が立っている。スーツの男、ウワンだ。
「あなたたちが侵入していることはお見通しです。あのサンダーを取り戻しにきたということもわかっています。サンダーはこの先にいますが、あなたたちが辿りつくことはない」
 アムは慣れてきた目で部屋を見回した。ここにはあのウワンしかいない。ポケモンを繰り出してくることも考えられるが、あいつひとりならどうにかなると思えた。
「サンダー様を返しなさい。イカヅチ山は今、大変なことになっているのよ」
 ツバサの凛とした声が響く。ウワンが喉を鳴らして笑う。
「サンダーは我が発電所のためにしっかりと働いてもらいます。イカヅチ山の雷雲が暴走してあなたの村が大変になっていることには同情しますよ。みなさん、村から逃げたほうがいいんじゃないですか。そうすれば我々はダム建設を再開できるし、一石二鳥というわけです」
「あなた、こうなることがわかっていたの。サンダー様を捕まえたのは、わたしたちを追い出すため?」
 ウワンの眼鏡が怪しく光る。
「我々は、生活の向上を目的としてポケモンの力を借りるため、捕獲した。みなさんがいつもしている事と同じ事です。その結果、イカヅチ山が狂いだしたのは不可抗力というものです。違法性はないですよ」
「なんてことを。あなたは自分のしていることがわかっているの」
「ツバサさん、あいつに何を言っても無駄ですよ」
 アムはツバサを止めた。ウワンの相手をしている暇はない。時間が経てばふたりとも取り囲まれてしまう。アムはモンスターボールを握った。
「ほう。やるというのですか。しかたない少年だ。おい、出番ですよ」
 ウワンは後ろの暗がりに向けて声を発した。よく見ると暗がりに誰かがいる。アムは目を凝らした。
「ユウマ」
 ユウマだった。イカヅチ山でのバトルといい、ここにいる事といい、アムには何がなんだかわからない。ユウマは無言でこちらを見ている。
「なんだ、君たちは知り合いだったのですか」
 ウワンが芝居じみた声を出す。
「このユウマさんは我々の用心棒として雇ったのですよ。なかなかの腕ですからね。おかげでイカヅチ山ではよく働いてくれました」
「用心棒って。ユウマ、本当なのか」
 アムはユウマの目を見た。
「悪いな。おれにも目的があったもんでね」
 ユウマは事もなげに言いのけた。
「と、いうわけです。ここを通るのなら、このユウマさんがお相手します。君らにはかないっこないですがね」
 ウワンが嫌らしい声を出す。
「悪いが」ユウマがウワンに顔を向けた。ウワンが首を傾げる。
「もうあんたらの言いなりにはならない。おれはこれで退かせてもらう」
「なんですって?」
「おれは手を引くと言った。おれの目的はサンダーを見て図鑑に記録することだった。その点であんたらと利害が一致した。だから手伝った。目的が叶った今、ここに留まる必要はない」
「バカな。契約違反だ」
「二度も骨の折れるバトルをすると約束した覚えはない。ここの所長とも話はついている。これまでだな」
 ユウマは背中を見せて再び暗がりの中へ消えた。反対側に出口があるのだろう。
「ユウマ」アムはその背中に声をかけた。
「勘違いするなよ、アム。戦わなくてもおれとお前の力の差はわかっている。だから戦う必要もない、ということだ」
 ユウマの気配が消えた。残されたウワンはしばらく放心したようにしていたが、やがてヒステリックな声をあげた。
「何なのですか、あいつは。だからどこの馬の骨ともわからないトレーナーなど信用ならないのですよ。役立たずめ。まあいい」
 ウワンは深呼吸をした。落ち着きを取り戻すためだろう。
「少年、君の相手は特別に私がしてあげます。どっちみち、君は私にはかなわないですがね」
 ウワンはモンスターボールを素早く投げた。モンスターボールが割れ、中から光とともにポケモンが現れる。
 無生物的な鋼の丸い体がみっつ集まっている。そのひとつひとつにS極N極の磁石らしいものがついている。地面からやや浮かんでいるように見えるのは磁力のせいかもしれない。磁石ポケモンのレアコイルだ。
 アムもミドリを出した。
「ミドリ、〈葉っぱカッター〉」
 ミドリが〈葉っぱカッター〉を繰り出す。硬化した葉っぱが高速回転してレアコイルに襲いかかる。が、レアコイルの鋼のボディがそれを弾く。効果は今ひとつだ。
「そんな攻撃、効きませんよ。レアコイル、反撃しなさい。〈ソニックブーム〉」
 レアコイルがみっつの磁石を前方に向ける。それらが細かく振動し、衝撃波のようなものを生んだ。衝撃波〈ソニックブーム〉がミドリを襲う。ミドリは衝撃波に切り裂かれ、傷ついてしまった。
 アムの予想では、レアコイルは電気タイプのポケモンだから電気技が来るはずだった。だから電気技に耐性のあるミドリを出した。しかし繰り出されたのは〈ソニックブーム〉だった。タイプの相性に関係なく効果のある技だ。
 アムは唇を噛む。初手は読み負けてしまった。しかし、ポケモンバトルはここからだ。
 ウワンがレアコイルに指示を出す。「〈ソニックブーム〉」
 アムはミドリを下げて、別のモンスターボールを投げた。中からヒトカゲのファイガが出現する。外に出たがらない性格だが、こもりきりにさせるわけにもいかない。ここは戦うべきときなのだ。出てきたばかりのファイガに〈ソニックブーム〉が襲いかかる。ファイガが少なからず傷つく。
 ウワンが目を見開く。
「交替しても無駄ですよ。ほら、君の新しいポケモンはもう傷ついているじゃないですか」
 ウワンが余裕ありそうに言うが、アムはかまわない。確かに交替したせいでファイガはいきなり傷ついてしまった。しかし、レアコイルを倒すにはファイガがうってつけなのだ。
「ファイガ、〈穴を掘る〉攻撃だ」
 レアコイルが追い打ちの〈ソニックブーム〉を繰り出すが、ファイガはそれより前にコンクリートの床に穴を掘り、そこへ身を躍らせてやりすごす。
 レアコイルの足元の床が盛り上がったかと思うと、ファイガが鋭い爪で床を突き破り、レアコイルに一撃を見舞った。レアコイルは思った以上に吹き飛び、ウワンの足元に転がって動かなくなった。
 アムの推測した通り、レアコイルは電気タイプの他に鋼タイプも併せ持っていた。ミドリの葉っぱカッターが効果が今ひとつだったのを見てそう推測したのだった。〈穴を掘る〉は地面タイプの技で、電気タイプだけでなく鋼タイプにも効果抜群だ。通常の四倍のダメージを与えたことになる。
「どうだ、ウワン。降参するか」
 ウワンは悔しそうに地団駄を踏む。「この役立たずめ」と吐き捨てて、動けないレアコイルを蹴り飛ばす。
 アムは頭に血が上った。自分のポケモンに対してそんな仕打ちをするなんて考えられない。どうしようもない男だ、と思った。
 そのウワンが大きく深呼吸している。次に顔を上げたとき、ウワンは多少落ち着きを取り戻しているように見えた。
「どうやら私の取っておきを出さなくてはならないようですね。しかしこいつを出すからには、もうお前たちに勝ち目はありませんよ」
 ウワンは新しいモンスターボールを投げた。そこから大型のポケモンが出現する。
 巨大な円盤型の体は鈍く銀色に輝いている。中央に大きなひとつ目を有し、左右にはレアコイルにもあったような磁石が手のようについている。磁力らしいものでわずかに浮いているのも同じだ。アムの見たことのないポケモンだった。
「ジバコイル、〈マグネットボム〉」
 ウワンにジバコイルと呼ばれたポケモンは左右の磁石から光る球体を投げつけてきた。
「ファイガ、気をつけろ」
 ジバコイルというポケモンも、〈マグネットボム〉という技も聞いたことがなかった。ファイガはジバコイルから放たれた光る球体からよけようとした。しかし球体は向きを変えてファイガに命中してしまった。爆発がファイガを包む。ウワンが笑う。
「〈マグネットボム〉は相手がどこに逃げようが必ず当たる技。さきほどの〈ソニックブーム〉と併せてそのヒトカゲはもう限界のようですよ」
 確かにファイガは疲れ切っている。アムは瞬時に今後の作戦を考えてファイガをひっこめた。
「ヒカリ、出番だ」
 ヒカリがアムの足元から前に出る。
 ジバコイルは見た目から判断してレアコイルの進化形だろう。レアコイルが進化するという話は聞いたことがないが、アムの知らないポケモンは山ほどいる。いても不思議ではない。そう考えると、タイプは電気、鋼で間違いないはずだ。
「ヒカリ、新しい技を使うぞ。〈かみなり〉だ」
 ヒカリは覚えたての技を繰り出す。体が輝きだし、溢れ出る電気が一本にまとまってジバコイルに襲いかかる。が、その一撃ははずれてしまった。
 ジバコイルの反撃の〈マグネットボム〉がヒカリにぶつかる。
「君のピカチュウ、確かによく鍛えられている。その〈かみなり〉もかなりの威力のようだ。しかし当たらなければ意味がない」ウワンは得意げに眼鏡を光らせる。「ま、当たったところで大したダメージにはなりませんがね。私のジバコイルは頑丈そのものでしてね。こんなポケモン、見たことないでしょう」
 ジバコイルがウワンの前に滞空する。ウワンが自慢話を始めるのを見て、自分も得意になっているようだ。
「このジバコイルはですね、カントー地方じゃ見られないポケモンなんですよ。レアコイルの進化形なのですが、ある場所でだけ進化できるという特別なポケモンなのです。それがシンオウ地方のテンガン山でね。研修旅行であんな寒い地方に行った甲斐がありましたよ。おかげでこんなに利用価値のあるポケモンになったのですからね」
 アムはまた頭にきた。さっきレアコイルを蹴ったことといい、絶対にこいつを懲らしめてやる。
「利用価値って。お前にとってポケモンは何なんだよ」
「もちろん。利用できる道具ということですよ。サンダーにしてもそう。我が社にとって利用価値があるから捕まえてきた。それなりの代償を払ってね。要は損得勘定、それだけです。逆に聞いてもいいですか。君にとってポケモンは何なのですか」
「ポケモンはおれにとって」
 アムはヒカリを見た。モンスターボールを握り、中にいるファイガやミドリやタンクのことを思った。
「いっしょに夢を見て、その夢に向かって歩いていく仲間だ」
 ヒカリがアムに応えるように鳴いた。その迫力に押されてウワンとジバコイルはたじろぐ。
「そんなことを言っていられるのは君が子供だからですよ。恥ずかしげもなくぬけぬけと。そんなことでは絶対大人に勝てないですよ」
「おれは負けない。お前になんか絶対に負けない」
「ほざいてなさい。ジバコイル、〈マグネットボム〉」
「ヒカリ、もう一度〈かみなり〉だ」
 動きはヒカリのほうが早い。ジバコイルが技を発動する前に、〈かみなり〉を撃ち放つ。渾身の一撃が今度こそ命中した。床を削り、放電をまきちらし、部屋全体がびりびりと震動する。すさまじい威力に、ジバコイルが帯電してひるむ。
 しかし勝負が決まるほどのダメージではないらしい。電気技の〈かみなり〉は電気タイプのジバコイルに効果は今ひとつだ。
 ウワンが冷や汗を拭う。
「なんという威力の技だ。しかしジバコイルを倒すほどではなかったな。さて、終わりにしましょうか。ジバコイル、今度こそ〈マグネットボム〉でとどめを刺しなさい」
 ウワンの号令にジバコイルが技を出そうとする。しかし、ジバコイルはぎこちなく動いただけで技が発動しない。ウワンが動揺する。
「どうしたジバコイル、技を出しなさい」
 アムは勝利を確信した。作戦が決まったのだ。
「ヒカリの〈かみなり〉はジバコイルを倒すためじゃない。ダメージに加えて追加効果を狙ったんだ」
 〈かみなり〉の技には追加効果がある。命中した相手をたまに麻痺状態にしてしまうのだ。アムはそれを狙った。麻痺状態になったポケモンは技を発動しにくくなる。加えて素早さが決定的に落ちる。
「ヒカリ、よくやった。下がってくれ」
 アムはモンスターボールを投げた。ヒカリが下がって、ファイガと交替する。
「ファイガ、〈穴を掘る〉だ」
 ファイガが穴を掘り、床下に潜り込む。ジバコイルは麻痺していて行動できない。ウワンは状況の変化についていけずジバコイルに指示も出せない。
「ジバコイルにも〈穴を掘る〉は効果抜群だ。行け、ファイガ」
 ファイガがジバコイルのいる床を掘り抜く。アッパーカットのようにするどい爪でジバコイルを叩き上げる。ジバコイルはそれをまともに喰らって吹き飛ぶ。巨体がウワンにのしかかる。ウワンはジバコイルの下敷きになり、もがいた。
「そ、そんな。私のジバコイルが負けるなんて。お、重い。このうすのろめ。どかないか」
 ウワンは力づくでジバコイルをどかそうとするが、叶わなかった。
 アムはもちろん助ける気はない。
「そうしてポケモンとスキンシップしてればいい。ポケモンがどれだけ大事なものか、身に染みるだろ」
 アムの肩に手が置かれた。ツバサだ。
「アムくん、この先にサンダー様がいるはずよ。急ぎましょう」
 アムは頷いた。その背中に苦しそうな声がかけられる。苦しそうだが、皮肉めいた声だ。
「私に勝ったからっていい気になるなよ。どうせお前たちではサンダーを助けられはしない。無駄なあがきですよ。結局イカヅチ山の暴走は止まらない。あの村は終わり。ダムは完成するしかないのですよ。お前たちではあの方に勝てないのだ」
 ウワンは高らかに笑う。しかしそのうち、ジバコイルの重さに堪えきれなくなり、力つきてしまった。
「負け惜しみを」ツバサが吐き捨てた。「行きましょう、アムくん」
 アムはファイガをモンスターボールに戻して、広い部屋の反対側へ向けて走った。扉がある。そこをくぐると、耳をつんざくような鳴き声が聞こえた。



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