アムベース>

ポケットモンスター光


アルセウスと真なる宝玉



9 三つの宝玉

 だだっぴろい海であてもなく浮かんでいるような感覚から、徐々に現実感が戻ってくる。白いだけの世界が色を帯びていった。どこかに立っているという感覚があった。激しい風が髪をなびかせている。
 アムは恐るおそる目を開けた。
 そこは雲の上だった。巨大な空中要塞の外壁のでっぱりにアムとユウマ、スレイは立っている。強風に襲われ、よろめいてしまう。足場から下を覗くと、はるか下に海が広がっている。視線を先にやるとシンオウの陸地が見えた。豆粒のように見えるのはナギサシティだろう。あそこからここまで一瞬で来てしまったのだ。
「なぜゴルドレイのところに直接移動しなかったんだ?」
 ユウマが尋ねる。
「パルキアの空間移動は空間を切り取ると説明したな」スレイが答える。「その距離は命じる者か移動する者のどちらかが認識している必要がある。でないとどこに出るかわからないからな。オレは空中要塞の場所は知っていたが、内部構造は知らなかった。どこにゴルドレイ様がいるのかもわからない。だからここまでしか来れなかった、というわけだ」
 スレイの説明にユウマは納得したように頷いた。
 外壁に入り口がある。ここから侵入してゴルドレイの居場所を探すことになるだろう。
 そのとき上空から雷鳴のような叫び声が聞こえた。
 長大な胴体に、数枚の細長い翼を伸ばしている。どこかで見たことがあるような気がするが、初めて目にするポケモンのようにも見えた。
「ギラティナのお出ましだ」
 スレイが言ったが、アムは首を傾げた。ゴルドレイの操っていたギラティナは六本足だった。今、上空にいるポケモンには足がない。似ているが、違うポケモンに見える。
「あれがギラティナ本来の姿、オリジンフォルムなんだ。やつは破れた世界という場所にいる。こちら側に来ると六本足のアナザーフォルムになる」
「なんで今はオリジンフォルムなの?」
 アムは訊ねた。
「白金玉とかいう道具を持たせるとこちらの世界でもオリジンフォルムでいられる、とゴルドレイ様が言っていたことがある。とにかくあれはギラティナだ。来るぞ」
 ギラティナはアムたちに気付いている。こちらを睥睨して、咆哮で威嚇してくる。急降下して襲いかかってきた。
 スレイがマスターボールを投げた。ボールが弾けて青い巨体、ディアルガが出現する。
 ディアルガとギラティナが激突する。
 伝説のポケモン同士の戦いはすさまじい。巨大重量がぶつかりあう様は迫力が桁違いだ。
「ここはディアルガに任せる。タイプの相性ではディアルガに分がある。オレたちはゴルドレイ様の場所へ急ぐぞ」
 スレイが踵を返して入り口から内部に入っていった。アムとユウマは頷きあってその後を追った。

 空中要塞の内部は複雑な構造だった。下層部は浮遊のための機械が詰まっている機関部で、蒸気やオイルの匂いが充満し、大きな歯車や見たこともない電子機械がせわしなく動いていた。コイルに似たポケモンが歯車の一部となって働いている。アムが見たことのないポケモンで興味があったが、今はそれどころではない。
 中層部は通路が入り組んでいて進むのに手間取った。広い空間が吹き抜けのようになっている場所を横切るように通路が交差していたりする。似たような場所が続いていて、迷路をさまよっている気分にもなった。しかしユウマの機転やスレイの判断力によって、やがて突破することができた。
 なんとか上層部に辿り着いた。そこは無機質な下の階層に比べて、過剰なほどの装飾が施されていた。見上げるほど高い天上からは豪華な垂れ幕がおろされている。古代のポケモンと人との関係が描かれているようだ。何本もの立派な柱が並んでいる。そこここにあるポケモンらしい彫刻も目を引く。どこかで見覚えがあると思っていたら思い出した。古代遺跡の孤島にあったものと同じような装飾なのだ。
「これは天上人がこの地方を支配していたころのものだな。こういうのを見せられれば、自分が天上人の末裔だと聞いていたら、その気にもなるのかもしれないな」
 スレイが遠い目をして言った。
 ユウマが鼻で笑った。
「ゴルドレイもあんたもロマンチストだな」
「なんだと」
 スレイがユウマを睨みつける。
「こんなもの、古いだけのものにしか見えないと言っているんだ」
 スレイの目が吊り上がる。アムはため息をついて、ふたりの間に割って入った。
「ふたりともよせって。今はゴルドレイを探すことが先だろ。三人で力を合わせなければ、あいつを止められない」
「おれはひとりでも戦える自信があるんだけどな」
 ユウマが口元を歪める。アムはユウマの肩を叩いた。
「そう言うなよ。三人で戦うんだよ。いいね」
 ユウマは鼻を鳴らした。納得はしないがとりあえずは従ってやる、というユウマなりの表現だということをアムは知っている。
「覚悟はできているようだな」スレイの言葉にアムは振り返った。「この先にゴルドレイ様がいるはずだ。今まででもっとも苦しいバトルになるぞ」
 アムたちの前に巨大な扉があった。黒鉄に、黄金の縁取り飾りがされている。すくみそうになる足を奮いたてて、アムは扉を押し開けた。
 そこはオルソー城の謁見の間に似ている空間だった。ただ、玉座らしきものの後ろは、半円状にガラス張りになっている。そこからどこまでも広がる空を見渡すことができる。まるで空の上にいるような錯覚を覚える。
 玉座にはゴルドレイが座っていた。まるでアムたちが来るのを待っていたかのように、静かにこちらを見つめている。
「ほう。三人か。スレイとアム、それに……」ゴルドレイがスレイを指さし、アムを指さし、最後にユウマを指さした。「バトル大会に出場していたユウマといったな。相当に優秀なトレーナーと思っていたが、決勝戦で棄権した」
「弱いアムと戦いたくなかったんでね」
 ユウマが答えた。
「おもしろいやつだ」
 ゴルドレイは白い髭を撫でながら笑っている。
「さて、ここまで来たからにはすでに覚悟はできているな。ここにやってきたということは、世界の王になろうとしている私に同意できないということだ。となれば、貴様たちと私は戦わなければならない。スレイ、貴様もなのだな」
 スレイはゆっくりと頷いた。
「ゴルドレイ様、オレはあなたを尊敬していた。人を指導する王としてあなたは偉大な人だ。ポケモントレーナーとしても超一流だ。人の上に立つ者はそれに相応しい力を持っていなければならない、というオレの考えを体現していたのがあなただった。しかし、あなたはオレを見捨てた。オルソーシティを破壊し、今、世界を破壊しようとしている。それは許せない。だからオレは戦う」
 ゴルドレイはスレイを見据えながら笑った。
「ただのイエスマンと思っていたが、なかなか骨があるではないか。さすが私が見込んだ男のことだけはある。ならば私を止めてみるがいい。存分に戦ってやる」
 ゴルドレイが立ち上がった。手にはあの大きな杖が握られている。杖の先には三つの宝玉が輝いている。
「私が若いころに旅をした外国の地方でおもしろいルールのバトルをやっていた。それを貴様たちとしてやる。このシンオウでは誰もしないが、この最後の戦いには相応しいバトルになるだろう」
 ゴルドレイは杖を持っていないほうの手でモンスターボールを取りだした。三つのボールが握られている。その三つのボールを放り投げた。それぞれからポケモンが出現し、ゴルドレイの前に立ちはだかった。
 右から、一本角と岩山のような巨体を持つポケモン、ドサイドン。
 赤い襟巻と鋭い鉤爪を持つポケモン、マニューラ。
 両腕が刃のような人型のポケモン、エルレイド。
 どれも強力な最終進化形のポケモンのうえに、よく鍛えられているようだ。
「さあ、貴様たちは一匹ずつ出すがよい。三匹対三匹を同時に戦わせるトリプルバトルだ。かつてない心躍るバトルを体験させてやる」
 トリプルバトル――そんなバトルは聞いたことがなかった。アムが知っているバトルは大きくわけて一対一のシングルバトルと二対二のダブルバトルしかない。カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウと旅をしてきたが、三対三で戦わせるということは見たことも聞いたこともない。
 アムはユウマやスレイを見た。ふたりとも戸惑っているように見える。
「なにをもたもたしている。貴様らがポケモンを出さなければ、わがポケモンの餌食になってもらうまでだぞ。ゆけ、エルレイド」
 ゴルドレイのエルレイドが刃の腕を振り上げて突進してくる。
「やるぞ、アム、ユウマ。ポケモンを出せ」
 スレイの号令に、アムもユウマも従った。
 アムはモンスターボールを投げた。迷うことはなかった。一番のパートナーに決めた。
「ヒカリ、頼む」
 ボールからヒカリが元気よく出てきた。
 スレイは青いドラゴンのポケモンを出した。マッハポケモンのガブリアスだ。
 ユウマはリザードンのゲルググを出したようだ。
 エルレイドの刃をガブリアスが受け止めた。反撃を受ける前に、エルレイドは後方にジャンプして他の二匹に並んだ。
 六匹のポケモンがいてもバトルをするには広さは十分な場所だった。しかし、普段とは違うポケモンの多さにアムは戸惑う気持ちを隠せない。
「びびってるんじゃねえ、アム。やるぞ。やるしかないんだ」
 ユウマが前を見たまま言った。その通りだと思った。アムは強く手を握りしめた。ひとつ深呼吸する。戸惑う必要もびびる必要もない。今はただ、目の前のバトルに集中するだけだ。トリプルバトルだろうがなんだろうが、普段と同じように戦えばいい。自分のポケモンを信じて。
 とはいってもトリプルバトルで気をつけなければならないのはフォーメーション、つまり三匹のポケモンの並び順だろうと、アムは直感した。技によっては右端から左端には届かないだろうし、中央のポケモンは相手のどのポケモンにも攻撃できるが集中攻撃を受ける可能性もある。
 ゴルドレイのポケモンは右からドサイドン、マニューラ、エルレイドだ。こちらはアムのヒカリ、スレイのガブリアス、ユウマのゲルググだ。
 六匹の中で一番はじめに動いたのはゴルドレイのマニューラだった。正面のガブリアスの目の前に行き、両手を弾けさせた。〈猫騙し〉だ。ガブリアスはひるんでしまって動けない。
 あのマニューラはガブリアスよりも素早い。脅威と考えたアムはヒカリに命じた。
「ヒカリ、あのマニューラを先に倒すぞ。最強の技〈ボルテッカー〉だ」
 ゴルドレイが口を歪めたのが視界の隅に入ったが、ヒカリはすでに動きだしていた。〈ボルテッカー〉の輝きがヒカリを包み込む。そのままマニューラに突進するが、輝きがどんどん薄れていく。電気エネルギーが見えないなにかによって吸い取られているようだ。ヒカリの突進のスピードも落ちていって、結局マニューラのもとへは辿りつけなかった。
「甘いな、アム」ゴルドレイが笑った。「ドサイドンの特性、避雷針だ。ピカチュウ使いにしては、間が抜けている」
 アムは歯を食いしばった。読みが外れた。確かにドサイドンの避雷針は警戒すべきだったが、敵のメンバーを見た限り、電気タイプに弱いポケモンはいない。だからあのドサイドンは避雷針ではなく、別の特性だと考えたのだ。バトルにおける読み合いではゴルドレイに分があるのだと痛感せざるを得ない。
「集中しろ、アム。落ち込んでいる場合じゃない。それにお前の戦術は正解だ。まずはあのマニューラを止める」ユウマが動いた。「ゲルググ、〈火炎放射〉」
 ゲルググが炎の塊をマニューラめがけて吐き出した。威力が上の〈ブラストバーン〉よりも確実に命中し、反動もない〈火炎放射〉にしたのだろう。
 マニューラが炎に包まれる。効果は抜群だ。これで一匹減らした、誰もが思ったとき、またゴルドレイが笑った。
「だから貴様たちは甘いと言っているんだ。よく見るがいい」
 言われてアムはマニューラを見た。倒れていない。瀕死に近いが、しっかりと踏ん張っている。手にはぼろぼろの布切れを持っている。あれは――。
「気合のタスキか」ユウマが額の汗をぬぐった。
 気合のタスキはポケモンの体力が満タンのときに一撃で倒される攻撃を受けても瀕死寸前でポケモンを守ってくれる道具だ。ゴルドレイはゲルググの攻撃も読んでいたということか。
「お礼をしてやれ、エルレイド」
 エルレイドが床の下から岩の塊を掘りだした。するどく尖った岩をゲルググに向けて叩きつける。岩タイプの技、〈ストーンエッジ〉だ。ゲルググには効果抜群だ。ゲルググは大きく吹き飛ばされた。なんとか戦闘不能は免れたものの、動くのもやっとの状態になってしまった。
 続けてドサイドンが突っ込んでくる。狙いはガブリアスのようだ。ひるんで動けずにいるガブリアスに巨大な口で噛みついてくる。あの技は〈噛みつく〉か〈噛み砕く〉かと思ったが、そうではないらしい。ガブリアスは予想以上にダメージを受けている。ドサイドンの口から冷たい霧のようなものが漂っている。どうやら〈氷の牙〉らしい。ガブリアスには致命的な氷タイプの技だ。
 六匹のポケモンが技を出し終えて、ひと息つく。アムは絶望感に目がまっくらになる。こちらが窮地に立たされているのはひと目でわかる。ヒカリの電気技は封じられ、ゲルググもガブリアスも瀕死に近い状態だ。
 ゴルドレイが余裕の高笑いをしている。
「おい、アム。お前のヒカリ、地面対策はしてあるか?」
 ユウマがゴルドレイを睨みつけながら、アムに訊ねてくる。アムは頷いた。電気タイプのヒカリにとってもっとも苦手なのは地面タイプのポケモンだ。その地面タイプに対しての対策は常に考えている。
「ユウマのゲルググこそ、まだ戦えるかい」
「あたりまえだ」
「さて」ゴルドレイの声が広間に轟く。「なにをこそこそと話している。戦いは続いているのだぞ。やれい、マニューラ」
 マニューラがゲルググに向けて走り寄ってくる。鋭い爪を真横文字に薙ぎ払う。〈辻斬り〉だ。ゲルググは大きく後ろにのけぞった。かなりの痛手のはずだが、なんとか耐えたようだ。
「ガブリアス」スレイが指示を出す。「〈剣の舞〉」
 ガブリアスは刃物のようなひれが付いた両腕を振り回す。あれで攻撃力が格段に上がったはずだ。
「ほう」ゴルドレイが髭をさすった。「マニューラを狙ってくると思ったが、自分の力を上げたか」
 スレイは何も答えず、口の端を上げただけだった。
 次に動いたのはヒカリだ。アムはすでに指示を出している。ヒカリは敵のドサイドンに向かっていった。
「ピカチュウで地面タイプのドサイドンに挑んでくるか。身の程知らずめ」
 ゴルドレイが吠えたが、気にすることはない。アムはヒカリの力を信じている。
 ヒカリが巨大なドサイドンの足元で技を繰り出した。ドサイドンの足元から勢いよく草が伸びて、からめ捕る。ドサイドンは自分の体重を支えきれなくなり大袈裟に倒れ込む。あまりの衝撃で周囲が地震のように激しく揺れた。砂煙が舞い上がり、それが納まると、倒れたまま戦闘不能になったドサイドンがいた。ヒカリの〈草結び〉が決まった。〈草結び〉は草タイプの技で岩、地面タイプのドサイドンには効果抜群だ。そのうえ相手の体重が重ければ重いほど威力が跳ね上がる技だ。ヒカリがアムの足元に戻ってくる。
 ゴルドレイが目を見開いている。
「バカな。ドサイドンが一撃で瀕死だと。いくら効果抜群で体重があるとはいえ、一撃で倒されるとは」ゴルドレイが歯ぎしりする。「ええい。一匹倒したくらいでいい気になるなよ。エルレイド、やれ」
 エルレイドが動き出した。狙いはゲルググのようだ。もう一度〈ストーンエッジ〉を飛ばすつもりだろう。エルレイドが技を繰り出すより早く、ゲルググが動いた。
 ゲルググは技を出すのかと思いきや、隣りのガブリアスと場所を入れ替えてみせた。トリプルバトルでは技を出さずにこういう場所移動もできるらしい。
 場所が入れ替わったせいで、エルレイドの〈ストーンエッジ〉はガブリアスが受け止めることになった。ゲルググと違い、ガブリアスは岩タイプの技は弱点ではない。
「こざかしいことを」
 ゴルドレイが顔を歪めている。
「確かにこざかしいことだ」ユウマが答えた。「だが、これで戦いの流れが変わった」
 ポケモンたちは次々に動きだした。マニューラはゲルググに対して〈冷凍パンチ〉をしてくる。が、ゲルググはまだ戦闘不能にならずに済んでいる。
 ヒカリはエルレイドに対して〈ボルテッカー〉を喰らわせた。効果抜群ではないものの、電気玉を持つヒカリの〈ボルテッカー〉は凄まじい威力だ。これでエルレイドは大きく傷つく。
 ガブリアスが地面を踏みならす。ひと踏みごとに地面が揺れ、波打つようにたわむ。〈地震〉が床を割り、瓦礫がガブリアスの周囲にいるポケモンを襲う。〈剣の舞〉によって攻撃力がぐんと上がっているガブリアスの〈地震〉は何者をも呑み込む。本来ならば味方にも攻撃範囲が及ぶ技だが、ゲルググは空中にいるために無事だ。ヒカリはガブリアスからは離れているために効果が及ばない。そのためにこそひとつ前にガブリアスとゲルググの場所を入れ替えておいたのだ。
 よって、〈地震〉は敵のポケモン二匹だけが喰らう事になる。エルレイドもマニューラも耐えられるわけがなかった。二匹は〈地震〉に呑み込まれ、戦闘不能になった。ゴルドレイのポケモンが尽きた。
「信じられん」ゴルドレイが唖然としている。「はじめてのトリプルバトルでここまでの戦略を使えるとは」
「たいしたことないさ、なあ、アム」
 ユウマに言われてアムは頷いた。
「ゴルドレイ様」スレイがゴルドレイに迫る。「降参してください。あなたの野望もここまでだ」
 ゴルドレイが顔を俯けた。負けを認めたのかと思ったが、そうではなかったらしい。肩を揺らしたかと思うと、地に響くような笑い声を上げた。
「天上人であるこの私が降参するわけがないではないか。貴様たち普通の人間に、この私を止めることなどできない。私にはまだこのポケモンがいるのだぞ」
 ゴルドレイは杖を振り上げた。杖の先についている三つの宝玉が輝きだす。
 上の方から耳をつんざく叫び声が降ってきた。どうやら天井の上からのものだと思ったとき、その天井が爆散した。突き破って現れたのは白い巨体のポケモン、アルセウスだった。アルセウスはゆっくりと降下してきて、ゴルドレイの目の前に降り立った。
「アルセウスよ。天上人の王たる私が命じる。私に逆らう人間を薙ぎ払え」
 ゴルドレイは杖をかざす。アルセウスが咆哮し、体を輝かせてエネルギーの塊を撃ち出す。無数のエネルギー弾がアムたちに襲いかかる。ヒカリもゲルググもガブリアスもそれを喰らってしまう。ヒカリなどは派手に吹き飛ばされてしまった。
「これこそが私の力だ。私に逆らえる者などいないのだ。世界の王にはこの力こそが相応しい」
 ゴルドレイが杖を振り上げている。アルセウスはさらに大きく咆哮した。輝きは一段と増し、エネルギー弾が無尽蔵に吐き出される。天井や壁、柱も破壊されていく。それは圧倒的な力を誇示するのを通り越して、恐怖を喚起させた。
 あきらかにやりすぎに見えた。が、ゴルドレイは意に介していないようだ。力に陶酔してしまって、状況が見えていない。
「やめてください、ゴルドレイ様。これでは我々も、あなたも空中要塞とともに」
 スレイがエネルギー弾をよけながら必死に呼びかける。しかしゴルドレイはやめようとしない。杖を振りかざし、アルセウスを従わせている。
「このままじゃらちがあかないぜ」ユウマが見た目には余裕があるようにエネルギー弾をよける。「アルセウスを倒すしかないな。バトルをしかけるぞ」
 ユウマがゲルググを前進させる。ダメージは蓄積しているはずだが、ゲルググは健気にユウマを守っている。アムはヒカリを、スレイはガブリアスを前に出した。
「身の程知らずめ。普通のポケモンしか持たない貴様らがアルセウスに挑むなど百万年早いわ。思い知らせてやれ、アルセウスよ」
 ゴルドレイは杖を振り上げる。アルセウスはさらに力を込めてエネルギー弾を吐き出す。ヒカリをはじめ、こちらのポケモンが弱っていく。あまりに激しい攻撃のためにアムたちトレーナーも身動きができない。
 そのとき、エネルギー弾のひとつがゴルドレイに当たった。ゴルドレイは激しく吹き飛び、床に叩きつけられる。
「なにをしている、アルセウス」
 立ち上がろうとするゴルドレイに、なおもエネルギー弾が襲いかかる。ゴルドレイの立派なマントや貴族の服が無残に千切れていく。
「アルセウスよ、私がわからないのか」
――人間が。
 天から降ってくるような声が聞こえた。アムは周囲を見回した。ユウマもスレイも声の主を探しているようだ。しかしそれらしき人物はいない。
――人間風情が私を利用するなど笑止。
 アムは気付いた。それはアルセウスの声だった。アルセウスはエネルギー弾を放出することをやめてわずかに上昇し、アムたちを睥睨していた。
「どういうつもりだ、アルセウス」
 ゴルドレイが立ち上がり、アルセウスを睨みあげた。
――まだわからんのか。愚かな人間を滅ぼし、私こそ世界の王となるということだ。
 アルセウスから巨大な光の塊が吐き出され、ゴルドレイを直撃する。ゴルドレイは吹き飛び、壁に叩きつけられる。壁が崩れ、大きな穴が開いた。外から強烈な風が吹き込んでくる。
「バカな。アルセウスよ。貴様は私に逆らえないはずだ。この三つの宝玉がある限り、貴様は私の支配下にあるはずだ」
 ゴルドレイが杖を振り上げる。三つの宝玉が眩く輝く。アルセウスの全身が光を包み、動きが止まった。
 ゴルドレイがニヤリと笑おうとしたとき、アルセウスが目を大きく見開いた。アルセウスを覆う光が弾け飛ぶ。
――まがいものの宝玉ごときでこの私を封じられるものか。愚か者め。
 アルセウスから衝撃波が迸る。ゴルドレイの杖が見えない力によって空中に引っ張られ、ついにゴルドレイがその手を離した。アルセウスが目を光らせると、杖の先端の三つの宝玉が粉々に砕け散った。
「そんな。王家に伝わる宝玉が」
 ゴルドレイが粉々になった欠片を見つめている。
――愚かな王よ。役目は終わった。
 アルセウスがひと際大きなエネルギー弾をゴルドレイに叩きつける。ゴルドレイは叫び声を上げて吹き飛び、壁に空いた穴から外に放り出された。風に弄ばれながら、はるか下の海に落ちていき、見えなくなった。
「ゴルドレイ様」
 スレイが呟いている。
――全ての人間を残らず滅ぼしてやる。この私を封印した人間どもは私が葬り去る。手始めに、貴様たちだ。
 アルセウスがアムたちを見下ろす。
「いいや。おれたちは負けない」
 アムは言いきった。
「アルセウス。どうしてお前が人間に封印されたのか、その理由は知らない。そのせいでお前が人間を恨んでいることはわかった。でも、すべての人間を恨むのは間違っている。人間はポケモンとともに歩んでいる。お前にもわかるはずだ」
――人間は信用ならない。私が信じるのは力のみだ。私を止めたくば、力を示してみせるがいい。さあ、地獄というものを見せてやろう。
 アルセウスが無数のエネルギー弾を放出する。それに堪えながら、アムはアルセウスの前にヒカリを出した。ユウマもアルセウスに向けて仁王立ちになった。戦意は失っていないようだ。
「で、アム。大口を叩いたからには、なにか考えがあるんだろうな」
 アムは頷いてみせた。思いだしたのだ。過去に行ったときにオルソー城で見た光景を。そこにアルセウス攻略の秘密があったのだ。
「スレイさん」
 アムが呼ぶと、ゴルドレイが落ちていった大穴を力なく眺めていたスレイがこちらを向いた。
「アルセウスを止めます。ガブリアス、まだ戦えますね」
 スレイがアムの目を見つめる。やがて立ち上がり、アムとユウマと並ぶ位置に来る。静かに、ガブリアスを前に出した。
「ユウマはゲルググを」
 ユウマはアムに従ってゲルググを出した。
「おれはヒカリを」
 アムはヒカリに前に出るよう指示した。アルセウスを取り囲むように三匹のポケモンが配置する。
――傷つき、戦闘不能寸前のポケモンでなにをしようというのか。貴様たちはただポケモンを傷つけているだけだ。人間の都合でポケモンを苦しませる世界。そんなものは私が終わらせるのみ。この〈裁きの飛礫〉でな。
 アルセウスがパワーをためている。
「やばいぞ。よけろ、ゲルググ」
「だめだ、ユウマ」
 アムはユウマを止めた。
「ユウマ、スレイさん。この配置を崩してはだめなんだ。アルセウスを取り囲む三角形。これでなければ」
「どういうことだ、アム」ユウマが睨んでくる。
「それぞれ最大級の技をアルセウスにぶつけるんだ。三方向から同時に最強クラスの技をしかける。それしか方法はない」
 説明している時間はなかった。アルセウスは〈裁きの飛礫〉の発動態勢に入っている。
「いいだろう。やってやるぞ、オレは」
 スレイがはじめに動いた。
「ガブリアス、伝説のポケモンをも凌駕するドラゴンタイプ最強の技を見せてやれ。〈流星群〉」
 ガブリアスの全身が輝きだす。上空に向けて口から巨大なエネルギー弾を吐き出す。
 ユウマが続いた。
「ゲルググ、炎タイプの究極技、〈ブラストバーン〉だ」
 ゲルググが炎の塊を吐き出す。
 アムもヒカリを見た。ヒカリは満身創痍だ。〈ボルテッカー〉は破壊力抜群の代わりに反動で自らも傷ついてしまう。今のヒカリにとっては危険な技だ。しかしそれはスレイのガブリアスにしても、ユウマのゲルググにしても同じだった。ガブリアスの〈流星群〉は撃った後の体力消費が激しいし、ゲルググの〈ブラストバーン〉は撃った後の隙が大きすぎる。どれも最強威力とリスクを同居させている。最強クラスの技というのは諸刃の剣なのだ。それでもアムはヒカリに最後の指示を出す。
「ヒカリ、〈ボルテッカー〉」
 ヒカリがすべての力を振り絞り、全身を輝かせながらアルセウスに突進する。
 アルセウスが〈裁きの飛礫〉を撃ち放つ前に、ガブリアスの〈流星群〉とゲルググの〈ブラストバーン〉が炸裂した。そこに〈ボルテッカー〉のヒカリが激突すると、炎と閃光をまき散らしながら、破壊のエネルギーが爆発した。
 アムは確信していた。
 オルソー城で見たもの、玉座の間に飾られていた絵にはゴルドレイの弱点ではなく、アルセウスの秘密が隠されていたのだ。アルセウスを取り囲むようにして配置された三つの宝玉。それは始め、真なる火炎玉、電気玉、命の玉だと思われていた。ゴルドレイもこの絵を見て宝玉を集めていたに違いない。アルセウスを制御するにはこの三つの宝玉が必要だと思っていたのだ。しかし、アルセウスが言ったように、その宝玉は「まがいもの」だったのだ。本当の真なる宝玉とはなにか。それは、ポケモンに他ならなかった。アルセウスを取り囲む三匹のポケモン。そのポケモンそれぞれから最強クラスの技をぶつけることでアルセウスを止めることができる。あの絵にはそれが示されていたのだ。
 爆発のエネルギーが拡散していく。広間の壁や床は抉られ、天井や柱が崩落する。激しい爆煙が霧消すると、中央にアルセウスが見えてきた。アルセウスは立ったまま、生命が抜けたように全身を灰色にしていた。微動だにしない。
 アムはアルセウスの思念を聞いたような気がした。
 〈流星群〉はドラゴンタイプのポケモンが最大限になついていなければ覚えられない。〈ブラストバーン〉も同じだ。〈ボルテッカー〉は通常ピカチュウを卵から育てなければならない。特殊な育て方をしなければ覚えられない技だ。どれもポケモンと強固に結びつき、絆がなければ得られない。そのみっつの技をもつ者が存在するのであれば、人間はポケモンとともに生きていけるのではないか。
 灰色のアルセウスはなにも語らない。
「終わった、のか」
 ユウマが呟く。
 天地を揺るがすような震動があった。アムはバランスを崩し、その場にしゃがみこむ。ヒカリが心配そうに足元に戻ってきた。ユウマとスレイはそれぞれのポケモンをモンスターボールに収めた。
 揺れはより強くなっていく。柱が折れ、天井が崩れ落ちてくる。壁に空いた穴からは強風が吹き付け、外の景色を見ると、水平線が傾いている。
「落下している。アルセウスの力を失ったことで、空中要塞が機能を止めたんだ。海に落ちるぞ」
 スレイが焦っている。
「どうするの」
 アムが聞くと、ユウマがすぐに、「逃げるに決まっているだろ」と返した。ユウマが広間の出口に向かおうとすると、壁が崩れて行く手を遮ってしまった。
「閉じ込められた。ポケモンたちは満身創痍だ。ここを突破する力はない」
 スレイがモンスターボールを握った。
 考えあぐねていると、どこからかポケモンの咆哮が聞こえた。巨大なポケモンの鳴き声だ。アルセウスは灰色になったまま動かないでいる。ではどこからか。
 アムは壁の穴から外を見た。そこには空を飛ぶ二匹の巨大なポケモンがいた。ディアルガとギラティナだった。入り口で戦っていたはずの二匹がなぜここにいるのか。
「ゴルドレイ様が倒れたことによってギラティナが解放されたんだ。ディアルガは恐らくデネブが遠隔指示をしているのだろう。ギラティナはオレたちを助けてくれるらしいな」
 スレイが躊躇なく穴から身を乗り出してギラティナの背中に乗った。アムとユウマは覚悟を決めてそれに倣い、ディアルガの背中に乗った。その直後、天井が大崩落を起こし、広間は瓦礫に埋まっていった。アルセウスの姿もやがて見えなくなった。
 空中要塞が海に落ちていく。激しい水しぶきを上げて海面に落着し、ゆっくりと深い海の底へ沈んでいった。
「終わったな」
 スレイが呟く。アムは頷いた。
「帰ろう。みんなが待っている」
 ディアルガとギラティナは翼をはためかせて、海岸線に向けて進路をとった。
 夕陽が海と大地を染めはじめた。


つづく



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