アムベース>

ポケットモンスター光


アルセウスと真なる宝玉



8 亜空切断

 風は強く、雪はアムの全身を叩きつける。空は分厚い雲に覆われ、薄暗い。アムが呆然と立っていると、後ろから声をかけられた。
「戻ったんだね、アム」
 振り返るとミナがいた。大きめの外套を着ているが、雪をかぶってまっしろだ。
「どうやら失敗だったみたいだね。こっちはなにも変わっていないよ。ゴルドレイは相変わらず空中要塞にいて、シンオウ本土に向けて突き進んでいる。軍も警察も、誰も止められない」
「ハーブさんやデネブは?」
「ナギサシティにいるわ。空中要塞の上陸を先回りしているの。アムも行くでしょ。今からならわたしたちも間に合うよ」
 アムは頷いた。過去に行き、状況を変えることも、ゴルドレイの弱点を見付けることも失敗はしたが、ここで止まるわけにはいかなかった。できるかぎりのことをする。そう決めたのだから。
 アムはモンスターボールからとげまるを出した。
「とげまる。苦手な雪の中ですまないけど、ナギサシティまで頼むよ」
 とげまるは翼を広げて応えてくれた。アムとミナは戦いの場所、ナギサシティに向けて飛翔した。

 ナギサシティはシンオウ地方の東端に位置する近代都市だ。今、海岸線には警察や自警団の防衛線が配置されていた。大規模戦闘に向いた大型のポケモンも多数並んでいる。
 アムとミナは空からナギサシティに入った。オルソーシティのあるバトルエリアから空を直進したかったのだが、途中に空中要塞が飛行していたから少し迂回しなければならなかった。
 ふたりはポケモンセンターに降り立った。そこには知っている顔が待っていた。ハーブはいないようだが、デネブがいて、他にユウマと、ハードマウンテンで知り合ったバクがいた。
「ユウマ、来ていたのか。バクも」
 アムはとげまるをモンスターボールに収めた。ユウマは腕を組んだまま頷いた。バクがアムのもとに駆け寄った。
「アムが過去に行っている間、ユウマはハードマウンテンでおれといっしょに修業していたんだ。ユウマのポケモンもおれのポケモンも相当強くなったぜ」
「で、過去に行ってなにかできたのか?」
 ユウマに問われてアムは答えに窮した。
「その顔じゃ、うまくいかなかったな。まあ、空中要塞がいまだに存在していることからしてわかるのだがな」
 ユウマの冷たい声が胸に痛い。
「そう気にやむことでもない。そんなに簡単に歴史を変えられるわけはないことくらいわかっていた」
 デネブはアムの肩に手を置いた。アムはデネブの意外な一面を見たような気がした。マントを返さなければと思い出したが、
「新しいのを着ているからいい。お前が着ていろ」
 と言われた。アムは遠慮なく着ていることにした。
「これからどうします? やはりポケモンの〈空を飛ぶ〉で直接乗り込むしかないですか、あの空中要塞に」
 アムの問いに、デネブは首を大きく振った。
「それは難しい。すでにユウマとバクが試みたが、空中要塞の対空防御が濃密で、接近することはできなかった」
「そうなの?」
 アムはユウマとバクを振りかえった。ふたりはなにも言わなかったが、その表情でわかった。
「だとしたら、おれたちはこれからどうすれば」
 デネブは黙したまま俯いてしまった。誰もなにも言い出せなかった。
「ポケモントレーナーがそれだけ雁首そろえていても、なにもできないようだな」
 沈黙を破って何者かの声が降りかけられた。アムたちは声の主のいるほうを振り返った。海岸の先、雪の舞う海上に、大きなポケモンが浮遊していた。その背の上に声の主が立っていた。端正な顔、長身の男、スレイが伝説のポケモン、パルキアに乗っている。
 デネブがモンスターボールに手をかけて戦闘態勢をとる。アムもそれに倣った。ユウマやバクも不穏な空気を察したらしい。
「スレイ、なにをしに来た?」
 デネブが訊ねると、スレイは不敵に口を吊り上げた。
「デネブはゴルドレイ様に見捨てられたから、そちら側についたか」
「なんだと。わたしは暴走したゴルドレイ様をとめたいだけだ」
「そんなことはどうでもいいさ。オレは戦いにきたんだ」
 スレイが指さしたのは、アムだった。
「そこのアムと決着をつけたい」
「今はそんなことをしている時間はない。わたしたちは空中要塞を止めるためにここにいる」
「なんと言おうが、戦ってもらう。パルキア、〈亜空切断〉」
 スレイが静かに命じると、パルキアが腕を振り上げた。両肩についている宝石のようなものが輝いたかと思うと、振り下げられた腕から閃光を発した。
 アムにはなにが起こったのかわからなかった。海が割れている。海だけではなく、陸も割れたように見える。その割れた中にはアムとパルキアに乗ったスレイだけがいて、デネブたちはその裂け目の外にいた。まるで空間を切り取り、アムだけを孤立させたかのようだった。デネブが裂け目からアムのいる空間に手を入れようとしても、こちら側には手は現れなかった。アムのいる空間を通り越して、反対側にすり抜けている。アムも恐るおそるその裂け目から外に手を出そうとしてみた。手は裂け目から先に行かなかった。
「パルキアの能力で空間を切り裂いた。オレたちの戦いを邪魔する者はいない。さあ、ポケモンを出せ」
 パルキアが口を大きく開けて突き出すと、そこから竜巻のような波導が放たれた。アムは咄嗟にモンスターボールを投げた。ドダイトスのナルがアムの盾になるように現れて、パルキアの波導を受け止めてくれた。
「ナル、〈噛み砕く〉」
 ナルはパルキアに突進し、口を開けてパルキアの腕に噛みついた。パルキアはそれを振り払い、ナルを押し返した。
「そのドダイトス、結構頑丈だな。しかし伝説のポケモンの攻撃をとめきれるかな。パルキア、〈亜空切断〉」
 パルキアの両肩が輝く。腕を真横に振ると、離れた場所にいるナルが吹き飛ばされた。空間を飛び越えて攻撃できる技なのだと、アムはようやく理解した。ナルはかなりの痛手を負った。交替せざるを得ない。
 アムはナルをモンスターボールに戻して、代わりにマニューラのユキを出した。ドラゴンタイプのポケモンは大抵氷タイプに弱い。マニューラは悪タイプと氷タイプを併せ持っているポケモンだ。
「ユキ、〈冷凍パンチ〉」
 ユキがパルキアに向けて突進する。その腕が冷気を帯びる。凍った拳をパルキアに叩き込む。凍える空気がパルキアを包み込んでいく。アムは手ごたえを感じた。しかし、パルキアがひと声鳴くと、冷気は飛び散ってしまった。と同時に空間が切り裂かれたかと思うとユキが弾け飛んでいた。地面に落ちたユキは戦闘不能になっていた。スレイが笑う。
「確かにパルキアはドラゴンタイプだ。だが水タイプも併せ持っている。他のドラゴンと違い、氷技では致命傷にならない」
 アムは自分の迂闊さを噛みしめた。しかし退くわけにはいかない。次のモンスターボールを投げる。キングドラのゾーラがボールの中から出て、海の中に潜った。水タイプのポケモンは水中でこそ力を発揮する。
 パルキアが〈亜空切断〉を撃ち込んでくる。空間を飛び越えてくる攻撃にはじめは戸惑ったが、アムはようやく慣れてきた。落ち着いて観察すれば、なんとなく軌道を読むこともできる。スピードの乗ったゾーラはその一撃を避けてくれた。
「いいぞ、ゾーラ。〈波乗り〉だ」
 ゾーラの波乗りがパルキアを呑み込む。しかし大したダメージを与えられない。水タイプの攻撃はパルキアにほとんど効かないようだ。ゾーラの持つ攻撃技はあとは〈冷凍ビーム〉しかない。
「そのキングドラ、水の中ではなかなかのスピードだ。しかし攻め手に欠ける状態で、どこまでこちらの攻撃を避けていられるかな」
 スレイが笑う。パルキアが次の〈亜空切断〉をしかけようとしている。
 そのとき、横方向から爆発音がした。
 アムもスレイもそちらを見た。パルキアがはじめに空間を切り裂いてできた外界との壁に大きく穴が開いていた。その穴をくぐって誰かがこちら側へ入ってきた。
 ユウマだった。後ろにはリザードンのゲルググがいる。
「〈ブラストバーン〉でやっとこの大きさの穴か。しかしなんとか入ることはできた。――アム」
 ゾーラもパルキアも動きを止めている。予期しない闖入者に対してアムは驚いていたし、スレイは呆気にとられているようだった。
「そのキングドラを一度モンスターボールに戻して、おれに貸せ」
「なんだよ、ユウマ。なんでそんなことを」
「いいから早くしろ」
 ユウマに急かされて、アムはしぶしぶゾーラをモンスターボールに戻した。ユウマが駆け寄ってきて、そのボールを奪うように手にした。代わりに別のモンスターボールを手渡されていた。
「戦いの最中になにをやっている。オレたちの戦いの邪魔はさせんぞ。パルキアの空間障壁を破ったくらいでいい気になるなよ」
 スレイが気を取り直していた。パルキアが再び〈亜空切断〉の態勢に入っている。今あれをやられたら、受けるポケモンがいない。
「ユウマ、やばい。返せよ」
 アムは慌ててユウマからゾーラを返してもらおうとした。
「ちょっと待て」
 ユウマはゾーラが入っているモンスターボールになにかをしたかと思うと、投げて寄越してきた。パルキアが〈亜空切断〉を放つ。アムはゾーラのモンスターボールを投げる。ゾーラがボールから出るか出ないかの際どいタイミングで〈亜空切断〉が爆裂した。閃光と衝撃が周囲を包み、やがて霧散した。
 ゾーラは無事だった。その体が輝いているかと思うと、光が膨れ、やがて弾けた。そこにいたのはゾーラであってゾーラではなかった。
 姿が変わっとかいう話ではない。進化したのとも違う。あえて言葉にするなら、成長したとでも言えるだろうか。
「なにをしたんだ、一体」アムはユウマに向けて疑問を口にした。
「オレの持ち物を使ってパワーアップさせた。そのキングドラ、使い物になるぞ」
「なにをこそこそとしていたかと思えば」スレイが割って入ってきた。「普通のポケモンが道具で強化されたくらいで伝説ポケモンのパルキアの敵ではない。もう一度喰らえ、〈亜空切断〉」
 パルキアの〈亜空切断〉が襲いかかる。それをゾーラは軽々と避けた。素早さが格段に上がっている。アムは不思議な飴という、ポケモンを一気に強化する道具があることを思い出した。ユウマはそれを使ったのだろうか。
「あのパルキアは水、ドラゴンタイプだ。弱点は唯一、ドラゴンタイプの技だけだ。今のお前のキングドラならドラゴン技を撃てるはずだ。指示をしてみろ」
 ユウマに言われて、アムはゾーラに指示を出すことにした。
「ゾーラ、新しい技を覚えたなら、それをやってみせてくれ」
 ゾーラは体に力を込めると、口先から輝く波導を放出した。それはパルキアに命中し、大きくのけぞらせた。かなり効いているように見えた。アムはその技を知っていた。
「ゾーラの新しい技、〈竜の波導〉だ」
 〈竜の波導〉はドラゴンタイプの技だ。キングドラはパルキアと同様、水、ドラゴンタイプだ。急激に成長したゾーラはその技を使えるようになったということだ。
 アムはゾーラに、続けて〈竜の波導〉を撃たせようとした。それをスレイが止めた。
「やめろ、もういい」
「もういいってどういうことだよ」
 スレイは両手をあげた。
「バトルは終わりだということだ」
 パルキアがスレイの背後に移動した。両腕をおろし、戦闘態勢を解いたように見える。
「どういうことか説明してもらおうか」
 ユウマがアムのとなりに立った。腕を組んで、スレイを睨みつけている。
「腕を試していたのだ。アムがゴルドレイ様と戦えるようなトレーナーかどうか。オレはゴルドレイ様を止めるために空中要塞に向かう。だがさすがのオレもひとりでは心もとない。だからアムの力を試した」
「試した? ゴルドレイを止める?」
 アムはスレイの言ったことを反芻した。スレイの本心がわからない。
「オレはゴルドレイ様に心酔していた。あの方は国王というだけでなく、すばらしいトレーナーでもある。オレはあんなトレーナーになりたいと思って、放浪の旅を中断してあの方に仕えることにした。しかし、その本性を知って愕然とした。まさか天上人伝説を鵜呑みにして世界の王になろうとしていたとは。オレやデネブを捨て駒のようにして、ひとりだけで行ってしまうなんて。だからオレはゴルドレイ様を許せない」
 力説するスレイの目を見て、アムは彼が嘘を言っているのではないと確信した。ユウマも同様に感じたらしく、アムと目を併せて頷いた。
「そういうわけだ」スレイが続ける。「これから空中要塞に行く。時間がないからポケモンの回復はできないが、オレもお前も手持ちにはまだ元気なのがいるはずだ。できるな」
 アムはあわてた。なしくずし的にスレイと共闘することになっている。言われたように、戦えるポケモンはまだいるが、これでいいのかと思ってしまう。
「ついでに言うならお前、たしかユウマといったな」スレイがユウマを指さす。「お前の力も相当なものだ。パルキアの空間障壁をリザードンの技で突破するとは。お前にもいっしょに行ってもらうぞ。オレたち三人で空中要塞に乗り込むのだ」
 ユウマは腕を組みスレイを睨んだまま動かない。肯定も否定もしていないように見える。
「どうやってあそこまで行くんだよ。あの要塞は、軍やポケモンレンジャーでさえ近寄れないんだろ」
 アムは疑問を口にした。
「まだわからんか」スレイがアムを見据える。その後ろにはパルキアが静かにたたずんでいる。伝説のポケモンはそこにいるだけで相対する者に威圧を与えるほど厳かだ。
「パルキアは空間を司る伝説のポケモンだ。お前も体験した通り、空間を自在に切り取ることもできれば飛び越えることもできる。その力を使えば、オレたちトレーナーをあの空中要塞に移動させることができる。正確に言うなら、この場所と空中要塞内部との間にある空間を切り取り、距離をゼロにするということだ」
 アムのもとに誰かが走り寄ってきた。ミナだった。後ろからデネブとバクもついてきた。パルキアの作った空間の壁は完全に取り払われているようだった。
「ゴルドレイと戦うなら戦力は多いほうがいいんじゃないか」
「パルキアの能力も万能ではない。あの空中要塞には特殊な結界が張ってある。そこを突破して送り込むことができるのはせいぜい三人までだ。――デネブ」
 スレイに呼ばれてデネブが歩み寄る。
「お前のディアルガを貸してもらおうか。ゴルドレイ様にはアルセウスの他にギラティナがいる。おれのパルキアは空間移動のためにここに置いていかねばならない。となるとギラティナに対抗するためのポケモンはお前のディアルガしかいない」
「私を連れていく、という選択肢はないわけね。まあいい。アムもユウマも大した力を持っているようだしね。ほら」
 デネブがディアルガの入っているらしいマスターボールをスレイに渡した。
「頼む。ゴルドレイ様を止めてくれ」
 デネブに言われて、スレイが頷いた。スレイは振り返り、アムとユウマに宣言した。
「よし、準備はいいな。行くぞ」
 アムは頷いた。こうなったらやるしかない。
「アム、がんばれよ」バクが親指を立てている。アムは同じ仕草でそれに応えた。
「アム、ユウマ」ミナが近付いた。
「頼んだわよ。わたしの分も戦ってきて」
「ああ。ミナも、みんなも、待っていてくれ。おれたちがゴルドレイを止める」
「パルキア、オレたちを空中要塞まで移動させろ。空間を司るパルキア、汝が主が命じる。絶対の壁を取り払い、我らを定められし場所へ飛ばせ。〈亜空切断〉」
 パルキアが世界を震わせるような咆哮を天空に向けて発した。両肩の後ろから伸びる翼が伸展し、体全体が輝きだす。
 パルキアの両肩に埋め込まれた一対の宝玉が閃光を放つ。それがアムとユウマ、スレイを包み込んだ。
 世界の全てが白く染まっていき、やがてアムは意識を失った。


つづく



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