アムベース>

ポケットモンスター光


アルセウスと真なる宝玉



0 はじまり

 この世界にはポケモンと呼ばれる生物がいる。ポケットモンスターを縮めてポケモンという。ポケットに入るサイズのモンスターボールで持ち運ぶことができるからその名がついたとされている。が、ポケモンは太古から存在し、モンスターボールは現代の人間が開発したものだから、その説が正しいかどうか、誰もわからない。とにかく、この世界には数百種類というポケモンがいて、人間と共存している。
 少年アムはポケモントレーナーに憧れる子供だった。ポケモントレーナーとは、旅をし、ポケモンをゲットして育て、他のトレーナーとバトルしながらチャンピオンを目指す人々のことだ。
 アムのいるカントー地方では十歳になるとポケモンを連れて旅立つことが許されている。このときのアムはまだ十歳になっていない。しかし自分のポケモンを手にして旅に出たいという気持ちはもう抑えられない。
 満月の夜、アムは森の中を進む。アムの先には同じ年頃の少年がいる。
「おいアム。遅いぞ。そんなんじゃ今夜中にポケモンをゲットできないだろ」
 振り返った少年が急かす。
「ユウマはせっかちなんだよ。ポケモンは逃げないよ」
「そんなこと言ってると、おれだけゲットしちまうぞ」
 アムは急ぎ足でユウマに追いつく。ユウマはアムのライバルだ。もっと小さいころからいつでもいっしょに遊び、なんでも競いあってきた。ポケモントレーナーになるという夢も同じだ。
 アムとユウマは長い間、今夜の計画を練っていた。十歳になればしかるべき施設から最初のポケモンをもらい、旅に出ることができるのに、ふたりともそれまで待つことができない。だから自分でポケモンをゲットしようというのだ。ポケモンを捕えるためのモンスターボールはお小遣いを貯めて買っておいた。親には内緒の探検だ。
 森には多くのポケモンが暮らしている。虫ポケモンや鳥ポケモンが多く、この日もよく見かけた。アムもユウマもどれをゲットしようか迷った。なにせモンスターボールはひとつずつしかない。
 目の前を何かが横切った。すぐに茂みに隠れてしまったが、アムは確かに見た。黄色の体に尖った耳、ぎざぎざの尻尾。
「今の見たか?」
 ユウマに訊かれてアムは頷いた。
「追いかけよう」
 ユウマもアムと同じ考えのようだ。今のポケモンをゲットしたい。
 森の中は暗い。小さな懐中電灯の明かりだけが頼りだ。黄色のポケモンを見失ってからだいぶ時間も経ってしまった。ふたりの間に諦めムードが漂う。
 アムは木々の向こうにほのかな明かりを見つけた。
「ユウマ、あれ」
 なんだと言って、ユウマはアムの指さした方向を見た。木々の向こう、ほのかな明かりは心なしか強くなったり弱くなったりしているようだ。
 ユウマが突然走りだした。
「早く来いよ、アム。でないと先におれがゲットしちまうぜ」
 ユウマの足は早い。アムは必死に追いかけた。息が切れる。負けてたまるか、という気持ちで足を動かし、やっと追いつくと思ったとき、ユウマが止まった。アムは止まれず、ユウマの背中に追突する。
「痛えな。気をつけろよ」
「ユウマが急に止まるからだろ。いてて」
「バカ。それよりあれを見ろよ」
 ユウマがその場でかがんだのでアムも倣った。ふたりして茂みに隠れる格好で、ユウマの示した方向を見る。
 そこは森が開けている場所だった。あのポケモンがいる。それもたくさんいる。
 ポケモンたちは直径十メートルほどの輪になって並んでいる。中心部が輝いているが、そこになにがあるのかは眩しくてわからない。宙に浮く大きな光る球体にも見える。その輝きは強烈に明るい。眩しいのだが、目を癒すような温かな光だ。
 ポケモンたちは手を繋ぎ、体をゆらしている。中心の輝きにむけて、楽しげに鳴いている。丸みを帯びた体のポケモンの顔はかわいらしい。その両頬から静電気のようなものを迸らせている。
「なにかの儀式かな」
 ユウマが呟いた。アムもそんな気がする。
 ポケモンたちの輪唱がいよいよ盛り上がってきたのか、楽しげに大きくなる。アムもなんだか楽しくなってきた。
 その中の一匹の耳がぴんと立った。いやもう一匹耳を立てたのがいる。二匹がある方向を見た。アムは自分たちが気付かれたかと思ったが、そうではないようだ。二匹はアムたちとは別の方向を見た。その二匹につられて他のポケモンたちも歌うのを止めてそちらを見た。
 大地を震わす咆哮。次に森が割れた。
 巨大な黒い影が踊り出てきた。ポケモンなのだろうが、巨大すぎる。アムが家にある図鑑などで見たことがあるどのポケモンよりも大きい。アムの家くらいの大きさはあるだろうか。六本足で黒光りする体と背中にはトゲだか羽だかわからないが尖ったものが数本つきだしている。凶悪そうに輝く目を光らせてものすごい勢いで、黄色のポケモンたちのいる方へ突進してくる。
 いち早く危険を感じたポケモンたちはその場から逃げだしている。が、最初に気付いた物音に敏感らしい二匹は腰がひけてしまって動けないでいる。
 このままではやばいと思うと同時にアムは駈けだした。ユウマも同時に駈けだしている。
 巨大なポケモンが迫る。動けない二匹を踏みつぶそうになったとき、アムとユウマが間に合った。
 アムは動けないポケモンのうちの一匹を抱きかかえて地面をころがった。ユウマも同じようにもう一匹を抱きかかえてその場を離れた。
 巨大なポケモンの足がアムのすぐそばの地面を踏む。地面が抉れ、土くれがアムの顔にかかる。その風圧で体がさらに転がる。アムは腕の中のポケモンを傷つけまいと体を丸めた。
 アムは体中を地面に叩きつけられる。息ができないほど痛いが耐えるしかない。腕の中のポケモンを守るんだ。
 巨大なポケモンが咆哮をあげる。アムは地面に這いつくばりながら見上げた。巨大なポケモンのプレッシャーは絶大で、アムは恐ろしさで声も出ない。巨大なポケモンが大きく口を開く。恐ろしさで動けないが、目だけは逸らせなかった。
 巨大なポケモンはその口を光の玉の中に突っ込んだ。黄色のポケモンたちが囲んでいたあの輝きだ。そこに顔を突っ込んだ。光が弾ける。
 巨大なポケモンが輝きを喰いちぎったようだった。その口の中が光に溢れている。口から光を溢れさせながら、そのポケモンは低く唸る。アムはその様子を茫然と見ているしかない。ユウマも同じように腰を抜かしている。
 巨大なポケモンと目があった。初めてアムたちに気付いたかのように、巨大なポケモンはこちらに体を向けた。目が据わっている。
 巨大なポケモンが突進してきた。今度こそアムたちを狙っている。アムは動けない。
 腕に刺激が走る。小さなポケモンが電気ショックをしたらしい。それでアムは思考停止をやめることができた。体を起こし、巨大ポケモンから逃げる。
 が、間に合いそうにない。歩幅が違う。振り返ると、すぐ目の前に山のようなポケモンが迫っていた。
「ピカ……、ひるませろ。……だ」
 あらぬ方向から声がした。次の瞬間、アムの目の前、巨大なポケモンが突進してくる前に黄色い影が現れた。今アムの抱いているポケモンと瓜ふたつのポケモンだ。そのポケモンがジャンプして巨大なポケモンの鼻先を尻尾で叩いてみせた。巨大なポケモンは驚いて突進を止めた。黄色いポケモンは空中で一回転して着地する。
「今のうちだ。動けるか」
 アムは振り向いた。見知らぬ人がこちらに走り寄ってきた。帽子を目深にかぶっていて顔はよく見えないが、アムの知らない人に間違いはない。ベルトにはモンスターボールが装着してある。黄色いポケモンのトレーナーだとわかった。
「君も大丈夫だな」
 トレーナーはユウマにも声をかけた。ユウマが立ち上がる。アムもがくがくした膝を励まして立ち上がった。
「あのポケモンは危険だ。おれが何とかするから、君たちはここから逃げろ」
 トレーナーがアムとユウマの肩を押して森の方へ押しやる。そうしている間にも巨大なポケモンは咆哮し、今度はトレーナーに向けて突進してくる。
「早く逃げろ。そいつらを守ってやるんだろ。行け」
 トレーナーが叫ぶ。アムは腕の中のポケモンを見た。巨大なポケモンに対してすっかり怯えてしまっている。こいつを守ってやらなくちゃならない。アムはユウマの目を見た。ユウマが頷く。
「ピカ……。ボルテ……を喰らわせろ」
 トレーナーが黄色いポケモンに指示を出す。よく聞こえなかったが、〈体当たり〉か何かの技を指示したようで、黄色いポケモンは体を輝かせながら巨大なポケモンに突進していった。小さな体からは想像できないような衝撃が巨大なポケモンにぶつかる。黄色いポケモンは反動でふっとんだが、巨大なポケモンを少なからず弱らせたようだった。巨大なポケモンがするどい爪で反撃する。
「逃げろ。振り返るな。行け」
 トレーナーに言われ、アムとユウマは走りだす。森の中をがむしゃらに、一直線に走る。巨大なポケモンとトレーナーとの戦いの音が少しずつ遠ざかる。耳をつんざくような巨大なポケモンの咆哮がたまに聞こえた。
 夢中で走っていると、唐突に森を抜けた。振り返って耳をすます。激しい戦いの音がまだ微かに聞こえる。
 突然、空が割れたかと思うと、無数の輝きがあの場所に落ちた。
 それから物音はまったくしなくなった。
 アムとユウマはさっきの場所に戻ってみた。もちろん恐る恐るだが。その場にはもう危険なことはないと直感していた。
 はたして広場は静寂に包まれていた。巨大なポケモンも、あのトレーナーの姿もない。忽然と消えてしまったかのようだった。
 ユウマがくすりと笑った。どうしたのかと顔を向けると、ユウマは生意気そうな目をしてアムを見た。
「とにかくおれたち助かったんだな。あんな凶悪で強そうなポケモンに襲われて、よく無事だったぜ」
 恐怖はときに人を愉快な気持ちにさせる。アムもなぜか可笑しくなった。腕の中のポケモンもなんだか笑っているように見える。案外無邪気な性格なのかもしれない。
「あのトレーナーのおかげだね。誰だったんだろう」
「さあな」ユウマは服についた埃を払った。よく見るとふたりとも埃まみれの泥だらけだった。「旅のトレーナーかなにかだろ。かなりの使い手だった」
 赤い帽子、旅慣れた服装、使いこんだモンスターボール。黄色いポケモンに指示をする姿が勇ましかった。
「決めた」
 アムの宣言にユウマが首を傾げた。「なにを?」
「おれ、このポケモンを手持ちにする。あのトレーナーと同じなんだ。おれ、ああいうトレーナーになりたい」
 アムは腕の中のポケモンをユウマに見せた。ポケモンはもうすっかりアムになついていて、異論はないという顔をしている。
 ユウマが笑った。
「偶然だな、アム。おれも同じことを考えていたところさ」
 ユウマの腕の中のポケモンが胸を張った。ユウマと同じように高飛車なところがあるのかもしれない。
「この二匹はさっきいた大勢の中でも特に優秀だと思うんだ。あの巨大なポケモンが来ることを一番に気付いていた」
 ユウマがポケモンの頭を撫でる。ポケモンは嬉しそうだ。
「同じポケモンか。なら競争だね、ユウマ。おれたちはライバル同士だね」
「ああ。どちらが強いポケモントレーナーになるか、競争だ、アム。もちろん勝つのはおれだけどな」
 アムは未来を想像した。この腕の中のポケモンといっしょに一番のポケモントレーナーを目指す。いろいろなポケモンと出会い、いろいろな人々と出会い、いろいろな場所を旅しながら成長していく。ユウマに負けないように強くなる。ユウマだけではない、まだ見ぬライバルたちに負けないように。そして、あのトレーナーのようになるのだ。

 アムとユウマがその日ゲットしたのは、ねずみポケモンのピカチュウといった。電気タイプのポケモンで、小さいながら強力な電気技を使う。ふたりはそれぞれ少しずつ自分のピカチュウを育てていったが、予想通り、この二匹は他のピカチュウより素早さの素質があった。ポケモントレーナーは自分の手持ちポケモンをニックネームで呼ぶことが多い。アムはそのピカチュウを「ヒカリ」と呼び、それに対抗してユウマは「ソニック」と呼んだ。
 やがて、アムは十歳になり、旅立ちの日が来た。足元にはいつもヒカリがいる。


つづく



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