アムベース>

ポケットモンスター光


アルセウスと真なる宝玉



1 オルソーシティ

 シンオウ地方は寒いことで有名だが、その中でも本土から海を隔てて北に位置する北方四島はさらに厳しい地域だ。
 アムは今、この四島の中のバトルエリアという地域を旅している。シンオウ地方を旅して回り、八か所のジムを攻略し、ポケモンリーグの四天王やチャンピオンとも戦った。カントー地方に帰ってもよかったのだが、チャンピオンから勧められて修行の旅を続けることにしたのだ。来たるべき全国大会に向けて手持ちのポケモンを鍛えたり、新戦力としてのポケモンを探したりしたいと思ったのだ。
 草原を風が渡る。いい季節で、ところどころに立つ針葉樹も鮮やかな緑の葉をつけている。風は涼しいが、寒いというほどでもないのは、陽気がいいからだ。
 アムは帽子を取り、手の甲で額の汗を拭った。ぼろぼろの帽子を見て、そろそろ新しいものに取り換えなければならないと思う。ポケモントレーナーとして旅立ってから何回か買い換えているが、帽子は必ずかぶるようにしている。それがアムのトレードマークだった。
 アムの足元にはパートナーポケモンのピカチュウが短い足を健気に動かしてついてくる。黄色い体に尖った耳。かみなりのような形の尻尾が揺れる。
「ヒカリ、もうすぐ次の街だぞ」
 アムが話しかけると、可愛らしく鳴いて応える。ヒカリはピカチュウのニックネームだ。アムが子供のころにゲットした一番のパートナーだ。旅のメンバーはいろいろと変わってきたが、ヒカリだけはいつもいっしょだった。
 草原の小高い丘を駆け上がると、眼下には海が見えた。海岸には大きな街がある。
 アムは手持ちのモンスターボールをすべて投げた。モンスターボールの中からポケモンが出現する。アムの手持ちは、ヒカリの他に五匹いる。
 火山ポケモン・バクフーンのキャノン。アムと同じくらいの大きさで首の回りから炎を吹き出している。ジョウト地方でゲットしたポケモンだ。
 ドラゴンポケモン・キングドラのゾーラ。左右の大きなヒレや頭のツノが尖っていて攻撃的だ。同じくジョウト地方でゲットした、海や川を渡るのに欠かせないポケモンだ。
 大陸ポケモン・ドダイトスのナル。自動車ほどの大きさの重量級な亀のようなポケモンで、甲羅の上に岩山や大木がある。シンオウ地方で初めてゲットしたナエトルが進化したポケモンだ。
 祝福ポケモン・トゲキッスのとげまる。大型の飛行ポケモンであり、シンオウ地方のチャンピオンに貰った卵から孵した。白い体に青や赤の模様がかわいらしい。空の移動に重宝している。
 鉤爪ポケモン・マニューラのユキ。二足歩行の黒猫型で、鋭い爪が特徴だ。対ドラゴンの切り札として育て、ともに殿堂入りを果たした。
 ヒカリを入れて六匹のポケモンがアムの横に整列している。どのポケモンもアムの大事な仲間だ。ポケモンたちもアムを慕ってくれている。そのポケモンたちがアムとともに、海岸の街を見下ろしている。眼下から風が吹き上げてくる。気持ちいい風がアムたちをなでて大空へ舞い上がっていった。

 オルソーシティは天上人伝説があることで知られる古い街で、街のところどころに翼を持つ天上人の石像が立っている。街の中央には古城がある。その周囲には古い時代の街並みがぐるりと囲み、その周りに比較的新しい建物が並んでいる。ポケモンセンターはその新しい地区にあった。アムはまずポケモンセンターに向かう。ポケモンも自分も旅の疲れを癒すにはポケモンセンターが一番だ。
 入ってすぐの受付にモンスターボールを預ける。ヒカリ以外の五匹のポケモンはこれで元気いっぱいになるまで回復してもらえるだろう。バトルエリアの旅は今までになく険しかったからみんな疲れもたまっていたころだった。
 受付の横をふと見ると、お知らせコーナーにポスターが貼ってある。ポスターには「オルソーシティバトル大会」の告知があった。アムは旅の中でこのポスターを見かけて、この街に来ることにしたのだ。バトル大会はシティの領主――市長のようなものが主催するもので、旅人も飛び込み参加できるらしいとのことだった。アムは今全国大会に向けてベストメンバーを考えているところだった。今のメンバーでどこまで戦えるか試したいところへこの大会を知って、一も二もなく参加しようと思ったのだ。
 ポスターを詳しく見るとバトル大会は二日後に開催となっていた。明日まで参加受付をしているとのことだが、今日中に済ませようと思った。ポケモンの回復を待ってから大会会場に向かっても夕方には間に合う。明日一日はバトルの最終調整をしながら市内を見て歩けるだけの時間はあるだろう。
「あれ、あれれ? アムじゃない?」
 ポケモンセンターのロビーでくつろいでいると、背中から声をかけられた。振り向くと知った顔があった。黒髪のストレートヘアーにクリーム色の帽子をかぶっている。これで旅ができるのかというくらい可愛らしい服とスカートは相変わらずだ。アムがポケモントレーナーとして旅立ったころからの知り合いで、一時はともに旅をしたこともある少女だ。
「ミナじゃないか。こんなところでどうしたの?」
「久しぶりに会って、どうしたのじゃないでしょ。元気にしてた?」
 アムは頷いた。ミナと会うのは相当久しぶりだった。ミナもアムと同様、ポケモンマスターを目指して旅を続けていたはずだ。
 ミナはソファーの上に丸まって居眠りしているヒカリを見付けて笑った。
「相変わらずヒカリといっしょなんだ」
「ああ。ミナだって、あのゼニガメ――今はカメックスか。今も連れてるんだろ」
「まあね。でもカメックスとピカチュウじゃ違うでしょ。ピカチュウって姿は可愛いけどバトルには向かないじゃない。体力とか防御性能とか能力値的には平均以下でしょ。そんなピカチュウに拘っていて、厳しいと思わない? ライチュウに進化させれば少しはマシかもしれないけど、進化もしないんでしょ」
「思わないよ」
 アムはきっぱりと言いきった。
「進化させる気もない。能力値なんて関係ないんだ。要は弱いなりにどうやって工夫して戦えるかどうかだよ」
 アムはヒカリの頭を撫でた。楽しい夢でも見ているのだろう。ヒカリは気持ち良さそうに寝返りをうった。
「打たれ弱いけど、素早さは自信がある。そういう長所を活かすような技も覚えさせたりしているよ。電気玉という道具を持たせれば技も威力も上がるしね」
「そっか。相変わらずだね、アムは。アムとヒカリはベストパートナーだもんね。それはいつまでも変わらないでいてね」
「もちろん」
「で、ここに来たってことは、バトル大会に出るの?」
「そうだけど、もしかしてミナも出るの?」
 ミナは強く首を横に振った。
「わたしは別の用事があってね。今、ポケモンレンジャーの手伝いをしているのよ」
 ポケモンレンジャーとは困っているポケモンや人を助ける人で、全国的な組織でもある。アムも今までに関わったことはあり、その存在は知っている。レンジャーの知人もいる。
「ミナはポケモンレンジャーになったの?」
「違う違う。手伝いをしているだけよ。いい勉強になるからね。その手伝いの用事でオルソーシティに来たら、アムがいて、びっくりしたってわけ」
 ミナは壁の時計に目をやった。
「そろそろ行かないと。また今度、今までの旅の話でもしようよ。アムもいろいろあったんでしょ。なんだか大人っぽくなったみたいだし」
 そうだろうか。アムは自分が大人になったとは思っていない。大分旅には慣れたという自覚はあるが。それを言うならミナの方こそ、すこし大人っぽくなっているのではないか、とも思う。
 ミナは長い髪をなびかせてポケモンセンターを出ていった。颯爽という言葉がよく似合う。
 アムも回復の済んだポケモンたちのモンスターボールを返してもらって、バトル大会の受付があるオルソー城に向かった。

 遠くからよりも、近付くにつれて、オルソー城は大きなものだとわかった。近代化している街の外周部には高層のビルもあるが、それらよりも大きい。大きさだけでなく、古城の持つ厳かな雰囲気が、アムを圧倒する。今までの旅でいくつか古代遺跡も見て回った。アルフの遺跡、空の柱、キッサキ神殿。どれも歴史のあるものだが、オルソー城はそれらに負けないだろう。夕陽が城を照らす。
 水の張られた外掘と内堀を渡り、天上人の石像の下を過ぎ、衛兵が立つ巨大な城門をくぐったときだった。足元についてきたヒカリが耳を立てた。
「アム」
 名前を呼ばれて振り返った。城門に立つ衛兵が言ったのかと思ったが違うようだ。アムは辺りを見回した。城門の影に誰かがいる。黒い影の中から生まれたかのように、その誰かがアムに近寄ってきた。
 黒いマントに黒頭巾をかぶっているから顔はわからない。
「気をつけろ」
 くぐもった声が不気味で、アムは足がすくんだ。
「バトル大会には出るな」
 何を言っているのかわからない。
「なんだってんだよ。あんた、誰だ?」
「誰でもいい。とにかくバトル大会には出るな。いいな」
「そんなのおれの勝手だろ。あんたも出るのか?」
「おい」
 突然後ろから声がした。城門の衛兵が何かトラブルでも起きたのだろうと思ったのかもしれない。
「どうした? バトル大会の受付は日暮れまでだぞ」
 衛兵はそれだけ言うと持ち場に戻っていった。
 アムが振り返ると、黒頭巾の男の姿はなかった。周囲に目を走らせても誰もいない。
「なんだったんだ? 誰だったんだろうな、ヒカリ」
 ヒカリはただ首を傾げただけだった。そういえば、ヒカリが警戒態勢をとらなかった。不審者がいる場合、ヒカリはすぐに警戒するはずなのだが、今回はそれがなかった。ということは不気味だが危険人物ではないのかもしれない。きっと大会に出場するトレーナーかなにかで、ライバルを減らすためにあんなことを言ってきたのだろう、と思うことにした。
 陽がさらに傾いたのか、辺りが赤く染まる。アムは受付時間の終了が迫っていることを思い出し、歩きだした。
 受付会場に人はまばらだった。アムはぎりぎり間に合い、大会出場の手続きを済ませることができた。
 このまま夜のオルソーシティを見物したい気分もあったが、それよりもアム自身の旅の疲れを癒したかった。ポケモンセンターの宿泊施設を利用するため、アムは新市街に引き返した。

 よく眠り、翌日は朝早くに起きた。ポケモンセンターの敷地内にはポケモンバトルの練習場として使える広場がある。早朝、アムはそこで大会に向けての調整をしていた。手持ちのポケモンで模擬戦だ。アムはドダイトスのナルと向かい合っていた。ナルに対して地上にはピカチュウのヒカリ、上空にはトゲキッスのとげまるを対峙させている。
 アムは空に向けて叫ぶ。
「とげまる、〈エアスラッシュ〉!」
 上空を旋回していたとげまるが気合いの鳴き声と同時に羽を振り回す。空気を切り裂いてかまいたちのようなものが飛ぶ。目標は地上にいるナルだ。ナルはその巨体ゆえに素早い動作は苦手だ。〈エアスラッシュ〉がその甲羅に激突し、飛び散った。
 ナルは防御力に優れているが、相性の悪い飛行技を受けて跳ね飛ばされる。それでも踏ん張って耐えてみせる。
「いいぞ、とげまる」アムは空に向けて手を上げた。「〈エアスラッシュ〉は威力抜群だな」しかし命中率が不安定だ。使いどころの難しい技でもある。それを忘れないようにしなければならない。
「次はヒカリだ。〈猫騙し〉」
 ヒカリは電光石火のように素早くナルの目の前に接近して、電気を弾けさせる。ヒカリには電気玉という道具を持たせている。ピカチュウの技の威力を上げる特殊な道具だ。〈猫騙し〉は威力の弱い技だが、この道具のおかげである程度のダメージを期待できる。さらに、〈猫騙し〉は相手をひるませ、反撃を封じる。ヒカリが血の滲むような特訓をして覚えた技だ。それが決まった。ナルはひるみ、後退した。
「いいぞ、ヒカリ。ばっちりだな」
 アムはヒカリの頭をなでてやる。さらにナルに歩み寄り、甲羅をなでた。
「ナルもありがとう。おかげでとげまるの新しい技の研究ができるし、ヒカリの練習にもなる。お前の防御力はやっぱりすごいな」
 陽がだいぶ高く昇ってきている。そろそろ朝食かなと思うとお腹が鳴った。ナルもとげまるも相当がんばった。調整はこれぐらいでいいだろう。アムはポケモンをモンスターボールに戻すと、朝食を摂るためにポケモンセンターに駆けだした。ヒカリが元気よくついてくる。

 アムの手持ちポケモンはどれもまだまだ強くなる余地がある。特訓すればするほど強くなるはずだ。しかし大会前日に根を詰めるのは無謀だった。今日一日は心身ともに休めさせたい。だからアムは今日はオルソーシティを見て回ることに決めていた。
 オルソーシティは広い。とても一日ではすべて見ることはできないだろう。が、見るポイントを絞ることはできた。まずは港だ。
 午前中から港はにぎやかだ。多くの船が出入りしている。停泊している船からは荷下ろしの作業員や手伝いのポケモンがたくさん行き来している。こういう場所で活躍するのはワンリキーやゴーリキーといったパワフルなポケモンだ。
「やっぱり格闘タイプのポケモンはいいなあ」
 アムの手持ちに格闘タイプはいない。いつも気にはなっていたが、パワー重視のポケモンが他にもいる場合、無理して入れる必要もなくなる。
「格闘タイプの技ならとげまるが〈はどうだん〉を覚えているしな。でもタイプ一致じゃないと威力がいまいちかな。うーん」
 いつの間にか手持ちメンバーの編成を考えている。最近のアムはこういうことが多い。全国大会が近くなっていることもある。考えすぎていて周囲に目がいっていなかった。アムは誰かにぶつかってしまった。
 二十歳くらいの青年だった。腰のベルトにはモンスターボールを装着している。旅のトレーナーだろうか。鋭い目を見て、アムはこの青年のトレーナーとしての実力が相当なものだとわかった。
「すみません」
 アムはすぐに謝った。青年は一瞬怪訝そうな顔をしたが、アムが素直に謝ったのを見ると、軽く頷いた。
「ここは人がたくさんいる。気をつけて歩くんだな」
 青年はアムの足元にいるヒカリに気付いたようだ。
「ポケモントレーナーか」
「はい」
「もしや明日の大会に出るのか?」
 アムは頷いた。青年はヒカリとアムを交互に見た。
「なら、がんばるんだな。楽しみにしている」
 アムがなにか言おうとする前に、青年は踵を返して去っていった。人ごみに紛れてすぐに見えなくなる。
 何者かに腕を掴まれた。振り返ると、ミナだった。帽子を目深にかぶっている。
「なんだよ、ミナ」
「ちょっとアム、あの男と知り合いなの?」
 アムはかぶりを振った。ミナはほっとしたような、それでいて少し残念そうな顔をした。
「ミナはあの人のこと、知っているの?」
「ちょっとね」
 ミナは少し首を傾げてなにごとかを考えていた。
「彼の名前はスレイっていってね、この街の領主ゴルドレイの片腕よ」
 ミナは街の中心部に佇立する古城を指さした。
「ゴルドレイはあの城に住んでいる由緒正しき領主で、この街の市長のような人。いや、王様って言ったほうがわかりやすいかな」
「明日のバトル大会はそのゴルドレイって人が主催者なんだろ」
「そう。ゴルドレイは市民から敬われ、慕われて、このオルソーシティを治めている。バトル大会も市民を喜ばせるために開催するってわけね」
「さっきの人はそのゴルドレイの部下なんだ?」
 ミナは頷いた。
「以前は旅のトレーナーだったらしいけど、ゴルドレイに見込まれて親衛隊長みたいなことをやっているみたい」
 どおりで凄腕らしい気配があったわけだ。どんなポケモンを使うのだろうと、アムは想像した。
「で、ミナはなんでそのスレイって人をつけていたの?」
 ミナは顔を強張らせた。
「別につけてなんかいないわよ。ちょっと調べたいことがあってね」
「ポケモンレンジャーの手伝いをしているって言っていたけど、それと関係あるの?」
「そんなところ。もういいでしょ」
 アムは深く詮索しないことにした。ミナにはミナの仕事があるのだ。
「ミナちゃん」
 ミナを呼ぶ声に振り返ると、少し離れた場所で、二十歳くらいの女性が手を振っている。動きやすそうな赤い服、手袋や靴も活動的なものだ。
「じゃあ、アム。わたし行くから」
「あの人がポケモンレンジャー?」
 ミナが頷く。その女性と目が合ったから、アムは緊張しながら頭を下げた。女性も頭を下げた。
「バトル大会、がんばって。応援していてあげるからね」
「ああ、ありがとう」
 ミナは女性レンジャーの元へ駆けていった。
 アムは少し考えてから、港を歩きはじめた。
 その後はゆっくりとオルソーシティを見て回った。旧市街の古い建物を見たり、近くにそびえる火山が見える丘に登ったりした。天上人に関する遺跡もあった。新市街では旅行ガイドにも載っている有名パスタ店で食事をしたりした。見る場所は多く、一日はあっという間に過ぎていった。


つづく



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