アムベース>

ポケットモンスター光


アルセウスと真なる宝玉



4 古代の遺跡

 オルソー城にスレイはいなかった。それどころか城主のゴルドレイもいない。城にいた警備員に訊くと、ゴルドレイは直属の部隊を引き連れてどこかへ出かけていったという。
 城内は騒然としていた。ハードマウンテンの噴火が予測され、地響きが後を絶たないのだ。市内には避難勧告が敷かれている。皆、シティから離れようとしている。城に残った者たちも避難の準備を進めている。
 途方に暮れたアムはポケモンセンターへ行くことにした。とにかく情報を集めなければならない。
 完全に陽は暮れていた。街は人の気配がしなくなっていたが、ポケモンセンターのモンスターボール型ネオンは煌々と輝いている。避難準備の遅れている旅のトレーナーたちが残っているのだ。
 そのポケモンセンターのロビーで、アムは知っている顔と会った。
「あらアム。まだ避難していないの?」
 ミナだった。クリーム色の帽子をかぶり、肩から旅の鞄を下げているところを見ると、これから街を離れるつもりなのだろう。
「そういえばバトル大会で優勝したんだってね、おめでと」
「ありがとう」
「で、ゴルドレイに謁見したの?」
「そのゴルドレイのことなんだけど」
 アムはハードマウンテンでのことを説明した。ゴルドレイたちが城から消えたことも話し、なにか知らないかと訊いた。
「やつら、本性を現したのね」
「え?」
「言ったでしょ。わたし、ポケモンレンジャーのお手伝いしているのよ。その仕事っていうのが、ゴルドレイ一味の調査だったってわけ」
 ミナは語った。ゴルドレイは善良な領主という表の顔を持つ裏で、実はなにか陰謀を企てている。そういう情報がポケモンレンジャー本部にもたらされた。その陰謀というのがどんなものか、どれほどの危険なものかはわからないが、シンオウ地方でも有力者とされるゴルドレイが関わっているとなると、重大案件として扱わざるを得ない。だから選任のレンジャーが派遣された。そのレンジャーと知り合いだったことから手伝いを買ってでたのがミナだったのだ。ミナはゴルドレイの身辺を探っていた。その一環で、ゴルドレイの親衛隊長であるスレイの後をつけていたりしたらしい。
「なんだか探偵みたいなことをやってるんだな」
 ミナは得意そうに胸を張る。
「それで、ゴルドレイやスレイたちはどこに行ったのかわかる?」
 アムが訊くと、ミナは腕を組んだ。
「多分ね」
「教えてよ」
「どうしようかな」
 ミナは迷う仕草をした。こういうときは大抵なにかを企んでいる、ということをアムは知っている。
「教えてくれないのかよ」
「条件があるわ」
 ほらきた。
「実は今欲しいポケモンがあるのよ。ホウエン地方のポケモンだけど、わたし行ったことないから手に入らないのよ。GTSでも反応ないし。アムなら持ってるかなって思ってね」
 ぺろりと舌を出す。アムはため息をついた。
「で、どのポケモン?」
「ジーランスっていう水タイプのポケモンなんだけど」
 それなら知っている。アムがホウエン地方を旅したときにゲットしたポケモンで、今はポケモン預かりシステムのボックスの中にいる。確か手に入れるのにかなり苦労したはずだ。しんかい、というニックネームも付けて一時はその力でかの地方の伝説ポケモン探索をしたこともある。思い入れもある。
「いやなの?」
 迷いが顔に出たのだろう。ミナがじっと見つめてくる。
「どうしても欲しいんだけどなあ」
「わかったよ。大事にしてくれよ、おれのジーランス」
「もちろんよ」
 ミナは目を輝かせた。
「で、ゴルドレイたちの行き先っていうのは?」
「多分、オルソーの古代遺跡っていうところだと思うわ」
 オルソーの古代遺跡。アムは聞いたことがない。ガイドブックにも載っていなかったはずだ。
「港を出て海を南に進むと小さな島があるの。そこに古代遺跡があるっていうわ。そこに行ったと思う」
「なんでそんなところに。火山の置き石と何か関係があるのかな」
 ミナは首を横に振った。
「わからない。スレイは火山の置き石のことを真なる火炎玉って言ってたのよね。多分それってあるポケモンを手に入れるために必要なものなのよ。その古代遺跡って、ものすごい力を持ったポケモンが封印されているんだって。ゴルドレイはそのポケモンをずっと探していたらしい、って調べてわかったことなんだけど」
「そのポケモンって一体」
「わからない。ただ、ポケモンレンジャー本部ではゴルドレイがそのポケモンを手に入れたら大変なことになると予測しているわ。それは阻止しなければならない」
「それがゴルドレイの企んでいた陰謀?」
「そうね。これからどうするの? 言っておくけどレンジャーも動いているわ。ゴルドレイを止めないといけない。アムがこの事件を追う必要はないと思うけど」
 アムは少し考えた。答えはすでに出ている。
「おれは行くよ。レンジャーに任せておいて、自分は知らん顔なんてできない」
 ミナはアムの目を覗きこんでくる。そして微笑した。
「そう言うと思った。気をつけて行ってきてね。スレイと戦ってわかったと思うけど、あいつら相当の使い手よ。ゴルドレイの側にいたもう一人の側近の女、彼女も侮れない。それにゴルドレイ本人の力は計り知れないわ」
 アムは頷いた。
「ありがとう。さて、交換だけしてしまおう」
 アムとミナはロビーにある交換専用ブースに入った。有難いことに係員はまだ逃げずにいてくれた。交換用通信機を使って、アムが預けてあるジーランスのしんかいはミナのボックスに移っていった。代わりにミナから受け取ったのはカントー地方で手に入る水タイプのおたまポケモン、ニョロゾだった。しかもニョロゾは王者の印という道具を持っていて、通信交換完了直後に蛙ポケモンのニョロトノに進化してくれた。特別な道具を持たせて通信交換すると進化するパターンのポケモンだったのだ。
「とにかくやれることはやる。ミナもまだレンジャーの手伝いをするんだろ。気をつけて」
 アムは回復してもらった手持ちのポケモンを受け取ると、ポケモンセンターを後にした。とげまるの〈空を飛ぶ〉で、海を目指した。
 とっくに日は暮れていたが、空はやけに明るかった。ハードマウンテンが今にも爆発しようとして、その火口を赤々と輝かせているためだ。

 その島は意外と沖合にあった。直径が二キロほどの円形の島だ。多くは緑に覆われている。中心部は隆起していてちょっとした山になっていて、その麓に人工の建造物が見える。石でできた神殿のようなものだろうか。オルソーシティに点在していた天上人とかいう石像もちらほらと見える。その広場にヘリコプターが停まっていた。数人の人影もある。きっとゴルドレイたちだ。
 アムはゴルドレイたちに気付かれないように、少し離れた場所でとげまるから降りた。大小の岩が転がっているから、身を隠すのには困らない。
 とげまるをモンスターボールに戻してから、アムはヒカリとともに手近の岩に身を隠した。ゴルドレイたちから五十メートルといったところか。数人の親衛隊員に混ざってスレイもいる。謁見室にいた女もいっしょだ。
 ゴルドレイたちは近くの崩れた神殿に入っていった。壁が崩落していて、外からでも様子が窺える。中央に祭壇のようなものがある。そこに高さ三メートルくらいの石碑が立っている。ゴルドレイがマントを翻して祭壇に上がる。その手にはオルソー城でも持っていた杖がある。上端に大きな宝石が埋め込まれている。その宝石が淡い緑色の光を発しだした。
 スレイがゴルドレイに歩み寄り、赤く輝く宝玉を手渡す。火山の置き石、スレイ流に言えば真なる火炎玉だ。ゴルドレイの杖の宝玉と共鳴でもしているように明滅している。
 突然、女がこちらに振り向き、モンスターボールを投げた。
「ドンカラス、〈悪の波導〉」
 モンスターボールから、黒い鳥ポケモン、ドンカラスが出現し、その勢いのまま、翼を交差して黒い波導弾を撃ち放ってきた。アムの隠れている岩が粉砕され、余った衝撃でアムは吹き飛ばされた。
 アムは体中が痛むのを堪えて、すぐにドンカラスや女のほうに向けて姿勢を直した。ヒカリが威嚇の姿勢をとる。
「気がつかぬとでも思ったか。子供がこそこそとして」
 女の声は凍えるような冷たさを思わせた。ドンカラスがその女の前に舞い降りる。
 アムは周囲に目を走らせる。見つかってしまった以上、戦うか逃げるかしなければならない。敵は複数。どこかに突破口がないか。
「無駄だ」女の声は凍えるように冷徹だ。「ドンカラスの〈黒い眼差し〉で貴様たちは逃げることはできない」
 ドンカラスの目が怪しく光っている。アムもヒカリもそこから視線をはずせない。
「スレイの言った通りだったな。真なる電気玉の鍵がやってきたか」
 ゴルドレイが誰にともなく言った。スレイが頷いている。ゴルドレイは祭壇を降りてゆっくりとアムの方へ歩み寄ってきた。アムはヒカリに目配せした。ヒカリはいつでも攻撃できる態勢だ。
「デネブも言っていたが、無駄なことだ。お前が何をしようと、私には指一本触れることはできんぞ」
 ゴルドレイはアムの目と鼻の先にいる。見下ろされているだけなのに、動くことができない。スレイと、デネブと呼ばれた女がゴルドレイの背後に従っている。
「私に騙されたと思っているだろうな」
「ああ、騙された。火山の噴火を止めるどころか、噴火させて、さらにオルソーシティの人々を危険に晒してしまった。あんた、それでも領主様かよ」
 ゴルドレイは苦笑した。
「民から見れば悪逆の王になるだろう。だが、そんなことは詮無いことだ。私はオルソーシティの王ではなく、世界の王になるのだからな」
「世界の王? なにを言っているんだ」
「わからぬか。ならばあれを見よ」
 ゴルドレイは杖で神殿の中央に立つ石碑を示した。石碑の表面に何かが描かれている。中央に四本足の白いポケモンらしきもの、その右上、左上、真下に輝く宝石のようなもの。右上の宝石は赤々と燃えている。左上の宝石は電撃が迸っている。真下の宝石は柔らかな桃色の光に包まれている。白いポケモンと三つの宝石、その下には逆三角の形をした何かがある。雲のようなものが取り巻いているということは空に浮いていることを表しているのかもしれない。その何かからは稲光や火炎のようなものがさらに下に降り注いでいる。そこは地上で、人々やポケモンらしきシルエットの群衆が逃げ惑っている。
「我々の文明が現れるよりずっと昔、天上人と呼ばれる種族がいた。天上人は発達した科学技術で空中要塞を建造して、その軍事力によって地上のすべてを支配していたのだ。その空中要塞を制御する鍵がこのポケモン、アルセウス」
 初めて聞くポケモンの名前だった。神秘的な響きだが、ゴルドレイが発することでさらに神々しく聞こえる。
「シンオウ地方に伝わる神話では、神と呼ばれる伝説のポケモン、時間を司るディアルガと空間を司るパルキア、そして破れた世界の主ギラティナの三匹を創り出したのがアルセウスと言われている。そのアルセウスの力によって空中要塞を手にすることができるのだ」
「あんたはその空中要塞を手に入れて世界の王になるというのか」
 ゴルドレイは微笑した。
「ものわかりがいいな。その通りだ。空中要塞があればどんな軍事力にも負けない。力と恐怖で世界を支配するのがこの私だ」
 そんなことできるものだろうか。どんな力を持ったポケモンがいるにせよ、空中要塞というのがどんなに凄いものであろうと、世界を支配するなどということができるのだろうか。しかし、ゴルドレイは冗談を言っているようには見えない。
「そんなことさせるもんか。ヒカリ!」
 アムが呼びかけるのと同時にヒカリは動いた。
「〈ボルテッカー〉だ」
「無駄だ」
 ゴルドレイは目にも止まらぬ早さでモンスターボールを投げた。
 ヒカリが全身に力を込めて体内に電気を溜める。そのままゴルドレイに向けて突進する。シンオウチャンピオンに挑むために習得したヒカリの決め技だ。電気玉によって高められた攻撃力に乗せて放つ〈ボルテッカー〉は伝説のポケモンにも通用する。
 しかしヒカリがゴルドレイに到達する直前、出現したポケモンに激突して跳ね返されてしまった。電気に包まれるヒカリの体から、輝きが失われている。電気エネルギーが流れ出してしまったのだ。ゴルドレイが出したポケモンは泥の体を持ったヌオーだ。ヌオーは水タイプに加えて地面タイプでもある。あの泥の体にヒカリの電気は吸い取られてしまったようだ。
「ヌオーに対して貴様のピカチュウの電気技は無効化される」
 アムは驚きつつも次の動きに移ろうとした。ヒカリには地面タイプに対しての対策技を覚えさせている。
「無駄だと言っている」
 アムは気付いた。喉元に刃物が当てられている。身動きができないまま、目だけ動かすと、背後に人影があった。いや、人間型のポケモン、エルレイドだ。肘から突き出ている刃がアムの動きを封じている。このエルレイドはオルソー城で見たゴルドレイの手持ちポケモンだろう。ヌオーを出したとき、二匹目もいっしょに出していたのだと気付く。
「貴様には用がある。そこで見ていてもらおう」
 ゴルドレイが振り返ってスレイたちに何か合図した。スレイが親衛隊に指示を出すと、親衛隊のうちのふたりがアムの背後に歩み寄り、アムは両肩をがっちりと掴まれてしまった。ヒカリがその親衛隊にとびかかろうとするが、ヌオーとエルレイドに囲まれてしまっていて叶わない。
「アルセウスはこの地に眠っている。その眠りを起こすためには三つの宝玉が必要ということがわかった。三つのうちのひとつは我が王家に伝わる宝物殿にあった」
 ゴルドレイが杖をかざす。先端の宝石が桃色に輝く。
「それがこの、真なる命の玉だ。そもそもこの真なる命の玉が宝物殿から発見されたのがすべてのきっかけだったのだ。私はこの宝玉の来歴を調査した。そして天上人の空中要塞や封印されたアルセウスのことがわかった。私はうち奮えたよ。今でこそシンオウ地方の片田舎一帯を治めるだけのオルソー家が、古代世界を震撼させた天上人の末裔というのだからな。そう、私こそ天上人の血を引く末裔。正統なる世界の王なのだ」
 この人はなんだろう、とアムは考えた。目が焦点を結んでいない。現実ではないどこかを見ているかのようだ。そう、この人の話には現実感がないのだ。だから、胡散臭いのだ。
「三つの宝玉のうち、すでにふたつまで手に入れた。ひとつは我がオルソー家の家宝、真なる命の玉。ひとつはスレイが持ち帰ったハードマウンテンの真なる火炎玉。最後のひとつの行方を長年探していたが、ようやく見付けたのだ。これで私の野望が叶う」
「最後のひとつ?」
「アム、私がなぜバトル大会などという酔狂を催していたかわかるか?」
 わからない。アムは目で応えた。
「そのエルレイドには特性、不屈の心の他にも特殊な能力があってな。それは、相手の考えを敏感にキャッチするという力だ。私のエルレイドはその力を極限まで高められるように訓練して、ついに人の記憶を読むというところまで到達させた」
 アムは首を動かさずに横にいるエルレイドを見た。エルレイドはアムを凝視している。大きな目は怪しく光っている。
「最後のひとつの宝玉は大自然の中にあることがわかった。あるポケモンが集まり、成長のための儀式のようなものをする。そのとき、そのポケモンたちから抽出されたエネルギーが凝縮し、宝玉を形作るというのだ。しかしその儀式はごく稀にしか行われない。だから私はバトル大会を開いた。バトル大会に集まる優秀なトレーナーならば、長い旅の中でこの儀式を目撃したことがある可能性があったからだ。しかし長い間そんなトレーナーは現れなかった。焦ったよ。最後のひとつなのに、誰もその存在を見たことさえないのだからな。その状況がつい昨日覆った。とうとうエルレイドが見付けたのだ。記憶の中に真なる電気玉を目撃したというトレーナーをな」
 それはまさか。
「そう。貴様だ、アム」
「おれは真なる電気玉なんか知らない」アムは足元のヒカリを見た。「ヒカリの持っているのは普通の電気玉だ。そんな宝玉なんかじゃない」
 ゴルドレイは嗤った。
「確かにそのピカチュウの道具は単なる電気玉だろう。そんなものに用はない。言ったはずだ。真なる電気玉は記憶の中に見付けたと。忘れているのかもしれんが、貴様は確かに見たことがあるのだ。正真正銘の真なる電気玉を。そういえばエルレイドはこうも言っていたぞ。バトル大会の決勝戦で貴様と戦った少年、彼も記憶の中に真なる電気玉があったとな」
 ユウマのことだ。どういうことだろうか。確かにアムはこれまでの長い旅の中でユウマと行動をともにしたことは何度かある。しかし真なる電気玉なんて見たことも聞いたこともないはずだ。
「アム、貴様は優秀なトレーナーだ。このまま闇に葬るのは残念でならない。どうだ、私とともに来ないか。スレイやデネブ同様、親衛隊を任せてもいいぞ」
「そんな誘いに乗るもんか」
 アムはゴルドレイを睨みつけた。ヒカリも威嚇している。ゴルドレイは嘲笑った。
「残念だな。では見ているがいい。私が三つの宝玉を手にし、アルセウスと空中要塞の主になる歴史的瞬間を。スレイ、デネブ」
 ゴルドレイに呼ばれたスレイとデネブが左右に散る。ふたりはほぼ同時にモンスターボールを投げた。ふたつとも紫色のマスターボールに見えた。
 スレイが投げたボールから現れたポケモンはハードマウンテンでも見たパルキアだった。
 デネブが投げたボールからは、パルキアと同じくらい大きく、青い体に尖った翼や角を持つドラゴンタイプのポケモンだった。アムはシンオウで見たことがある。こちらもパルキア同様、シンオウ地方の神話に語られる伝説のポケモン、ディアルガだ。パルキアが空間を司るのに対して、ディアルガは時間を司ると言われている。
 巨大な伝説のポケモン二匹に囲まれ、アムは足がすくんだ。二匹が咆哮すると世界が震えたかのような気分になる。
「エルレイド」
 ゴルドレイが命じると、エルレイドがアムを凝視した。
「アムの記憶を辿れ。アムが目撃した真なる電気玉の時間と場所を読み取り、パルキアとディアルガに伝えるのだ」
 アムはエルレイドから目を離せなくなった。怪しく輝く瞳に吸い込まれそうになる。
「坊や、怖がらなくていいわ」デネブがアムの耳元に囁く。「エルレイドはお前の記憶から真なる電気玉のありかを探る。そしてディアルガがその時間に、パルキアがその空間に、ゴルドレイ様を運ぶ。そしてお前が目撃した真なる電気玉を手に入れてくるの。これでゴルドレイ様は真なる宝玉を全て手に入れる」
 ゴルドレイがマントをなびかせて祭壇に上る。杖を掲げる。
「デネブ、スレイ、やれい」
 ゴルドレイの号令に応えてふたりは手をかざした。スレイが厳かに言う。
「空間を司る伝説のパルキア、エルレイドから送られてくる記憶を辿り、その場所への道を開け」
 パルキアが咆哮する。両肩に埋め込まれた真円の白玉が輝く。そこから生える太い腕を振るうと、眩い閃光が走る。アムの立っているすぐ横の空間に暗黒の球体が現れた。
「時間を司る伝説のディアルガよ」デネブが冷ややかに言う。「エルレイドから送られてくる記憶を辿り、その過去への扉を開け」
 ディアルガが四足で大地を踏みしめ、天空に向かい叫ぶ。背中から放射状に伸びる翼が膨れ上がる。胸に埋め込まれた金剛石が輝く。叫び声がエネルギーの塊に変化し、迸る光とともに吐き出される。
 パルキアの作りだした暗黒の球体に、ディアルガが吐き出したエネルギー体が衝突する。一瞬世界が白い光に覆われる。暗黒の球体は虹色に輝いていた。
 ゴルドレイが虹色の球体に歩み寄り、モンスターボールを投げる。これもマスターボールだ。中からパルキアやディアルガにも劣らない巨大なドラゴンタイプのポケモンが現れる。六本の足で大地を踏みしめ、爪のように伸びる翼が蠢いている。
「破れた世界の主、ギラティナよ。パルキアとディアルガの作りし時空を超えて私をその場所、その時間にいざなえ」
 ギラティナが吠える。前かがみになったその背中にゴルドレイが身軽に乗った。ギラティナは虹色の球体に向けて進む。光に包まれたかと思うと、球体の中に消えた。
「ゴルドレイはどこに行ったんだ」
 アムはスレイに聞いた。
「言っただろう。お前の記憶を辿ってその場所、その時間に移動したんだ。シンオウ地方の三大伝説ポケモンの力を合わせたからこそできる芸当だ」
 とても信じられないが、かといって放っておくわけにはいかない。
「さっきのゴルドレイのポケモンはギラティナだろ。あれに乗らないとその移動はできないのか?」
 スレイは首を振った。
「ギラティナは時空の扉を破っただけだ。あとは誰でも行き来できるはずだ。ただし伝説のポケモンといっても万能じゃない。時間制限がある。だからゴルドレイ様は急いでギラティナに乗っていったんだ」
 アムは覚悟を決めるために最後の質問をする。
「もし真なる宝玉が揃えば、本当にアルセウスとか空中要塞とかが復活するのか?」
「お前もくどいな。その通りだよ。ゴルドレイ様は世界の王になる。宝玉や天上人の伝説は本当のことだよ」
 スレイに言われて、アムは覚悟を決めた。本当でも本当でなくても、ゴルドレイを止めなくてはならない。
「ヒカリ」
 アムの呼びかけにヒカリはすぐに反応した。
「〈フラッシュ〉だ」
 ヒカリが跳躍し、スレイやデネブの目の前で体から閃光を発する。アムはあらかじめ目をつぶっていたが、瞼の向こうが輝いているのがわかる。ヒカリはアムの元に着地したかと思うと、目のくらんでいるエルレイドに向けて体当たりを喰らわせた。エルレイドはひるみ、アムは自由の身になった。
「ヒカリ、来い」
 ヒカリがジャンプし、アムはそれを受け止めた。そのまま、躊躇せずに、ギラティナの消えた虹色の球体に突っ込んだ。
「ドンカラス、〈霧払い〉」
 デネブの狂乱気味の声が聞こえた。〈霧払い〉で〈フラッシュ〉を打ち消そうというのだろうが、もう遅い。
 アムは虹色に光り輝く回廊を進んでいた。それは無限に続くようにも見えたが、すぐに出口をくぐり抜けていた。


つづく



戻る 進む
トップページ
inserted by FC2 system