アムベース>

ポケットモンスター光


アルセウスと真なる宝玉



3 ハードマウンテン

 エアームドはハードマウンテンの麓に着地した。そこには掘立て小屋が建っていた。スレイが言うには、探検隊の基地ということだった。ゴルドレイは今までに何度か、ハードマウンテンに探検隊を送りこんでいる。その探検隊が使っていたらしい。
 中から誰かが出てきた。アムより少し年上らしい少年だ。頭の上で髪を縛っている。
「やあ、スレイさん。今回はふたりかい?」
 元気な声で言われて、スレイは頷いた。
「新顔だね。誰です?」
「バトル大会で優勝した旅のトレーナー、アムくんだ」
 少年は目を丸くした。
「おれと大して変わらない歳くらいなのに、あの大会で優勝したのか。そりゃ凄いな」
 少年にまじまじと見つめられ、アムは照れた。
 スレイが咳払いをひとつした。
「ハードマウンテンの水先案内人のバクくんだ」
「バクだ。ヒードランを探しにきたんだろ。おれに任せてくれよ。よろしくな、アム」
 バクと呼ばれた少年は屈託ない笑顔で右手を差し出してきた。アムは握手を交わした。
 一度小屋に入ってバクの説明を聞いた。
 聞けばバクはアムと同じ歳だった。少々大人びて見えるのは、ひとり立ちして、この小屋を管理したりハードマウンテンの案内人をしたりという仕事をしているからだろう。バクは仕事を持ちつつも、ポケモントレーナーだった。バクの兄はなんとシンオウリーグの四天王のひとりだという。その兄に鍛えられ、その兄を超えるのを目標にしているらしい。パートナーの土偶ポケモン、ネンドールとともにハードマウンテンで修業に励んでいる。なかなかの使い手と、アムには見えた。
 バクによればハードマウンテンは庭のようなものらしい。が、ヒードランについてはよくわからないと言った。ハードマウンテンには地下へ続く洞窟がある。その地下深くで遠目に見たこともあるが、近付く前に見失ったとか。スレイはとにかく洞窟の奥、行けるところまで案内するように依頼した。バクはそのつもりだったと頷いた。
 小屋から洞窟の入り口までは意外と距離があった。かなりの傾斜の山道を昇る。昇るにつれて熱気が強くなり、汗が吹き出す。空が薄暗いのは噴煙のせいだ。ホウエン地方で似たような山を冒険したことを思い出す。ここはそこよりも険しい気がした。
 野生のポケモンも襲ってくる。溶岩ポケモンのマグカルゴや、噴火ポケモンのバクーダといった炎タイプのポケモンが多かった。そのときはアムのゾーラが活躍した。水タイプの技は炎タイプ相手には十分すぎるほどの威力だった。バクのネンドールがサポートに回ってくれて、それで助かったことも多かった。いつしかアムとバクはいいコンビになっていた。
 いよいよ熱気が激しくなってきた山頂近くにその洞窟の入り口があった。
「ここからはもっと強力な野生ポケモンが出てくるぜ。キングドラを回復させておけよ、アム」
 バクに言われた通り、アムはポケモン用の傷薬でゾーラを回復した。アムも感じる。この洞窟の奥には強いポケモンがいる。そういうプレッシャーを感じる。
「ここにヒードランがいるんだな」
 スレイが尋ねると、バクは「多分」と答えた。
「行こう。ここからはオレのポケモンも出そう」
 スレイはモンスターボールを手にした。
 バクを先頭に、三人は洞窟に足を踏み入れた。
「ネンドール、〈フラッシュ〉」
 バクが命じると、ネンドールの身体がぼんやりと光りだした。〈フラッシュ〉の技で視界が明るくなった。洞窟は下へ傾斜しながら、ずっと奥まで続いているようだった。熱気は外以上に激しい。
 少し進んだところで野生のポケモンに襲われた。溶岩に目がついているような体が這い寄ってくる。溶岩ポケモン、マグマッグだ。
「出ろ、ガブリアス」
 誰よりも早く動いたのはスレイだった。モンスターボールを投げると、中から大人の背丈よりも大きいドラゴン型のポケモンが姿を現した。マッハポケモンのガブリアスだ。黒い体に刃のような翼と鋭い爪のある腕が攻撃的だ。
「ガブリアス、〈ドラゴンクロー〉」
 ガブリアスは目にも止まらぬ速さでマグマッグに接近すると、刃のような翼で斬りつけた。マグマッグは吹き飛び、溶岩の中に消えた。
 早い。とアムは思った。ガブリアスも強力だが、スレイの動きも早かった。思った通り、相当の使い手のようだ。
「さあ、先を急ごう」
 モンスターボールにガブリアスを戻して、スレイは涼しい顔で言った。
 恐らく地上よりも低いところまで下ったところだった。洞窟が急に広くなったと思ったら、そこは溶岩の湖のような場所だった。天井は高い。火山が本格的な噴火をするとしたら、ここが爆発し、溶岩が天井を突き抜けていくのだろう。ヒードランがいるとすればここだとバクは言った。
 よく見ると溶岩の湖の中央、島のようになっているところがひときわ眩しい。この明るさは溶岩の照り返しだけでなく、その島から発せられる光のせいでもあった。そこには台座のような地面の上にサッカーボールほどの大きさの輝く球体が置かれていた。炎が燃えるように灼熱色に輝いている。あれはなんだろう。
「火山の置き石ってやつだ。大昔からあそこにあって、ハードマウンテンの噴火を制御しているって言われている。ヒードランはあの置き石を守ってるんじゃないかって、年寄りたちは言っている」
 なにかを守るために伝説のポケモンがいる。ありそうな話ではある。
 それにしても暑い。汗が止まらない。持参した美味しい水を飲んでいないと熱中症になってしまう。足元のヒカリも辛そうだ。
「ヒカリ、辛ければモンスターボールに入っていてもいいんだぞ」
 ヒカリは首を振る。無邪気に笑ってみせる。
「いたぞ」
 スレイが指さした。あの輝く球体に照らされて視界は悪くない。天井に張り付くように、その巨体はいた。
 四本足の爪を天井に喰い込ませて、大きな瞳でこちらを見下ろしている。身体は溶岩ででもできているのだろうか、熱気をはらんで輝いている。
「ハードマウンテンの主、火口ポケモン、ヒードランだ」
 バクがヒードランを注視しながら呟いた。尋常じゃない汗は溶岩の熱気のせいだけではないだろう。
「気を付けて。縄張りに入ってきたおれたちを敵と思っている」
 バクが言ったときだった。ヒードランが大きく口を開けて、炎を吐き出した。炎の塊がアムたちを襲う。三人は飛びすさった。炎が地面で爆ぜ、熱波が拡散する。
 ヒードランは四本足を離し、天井から落ちた。空中で姿勢を変えて、地面に着地する。洞窟中を震わせるような雄叫びをあげた。自動車ほどもある巨体が四本足を動かして接近してくる。戦うしかないという状況だ。
 アムはゾーラを出した。水タイプのポケモンならヒードランとも戦える。
「おれも手伝うぜ。ネンドール」
 バクに言われてネンドールが前に出た。
 ヒードランが口を開けた。先ほどの炎の攻撃〈噴煙〉をしてくるようだ。それよりも早くバクが叫ぶ。
「ネンドール、〈光の壁〉」
 ネンドールが目を輝かせる。すると、ネンドールとゾーラの前に輝く壁が出現した。ヒードランの〈噴煙〉の炎が迫る。しかし炎は輝く壁に阻まれる。
 バクが得意顔でアムを見る。アムは頷いた。
 アムはゾーラに攻撃を指示しようとして迷った。ゾーラは水タイプの強力な技、〈波乗り〉を使える。が、〈波乗り〉は相手だけでなく味方にも被害を及ぼしてしまう難しい技だ。ネンドールは地面タイプなので水タイプの〈波乗り〉が当たるのは辛い。
「ゾーラ、〈バブル光線〉」
 ゾーラは大量の泡を吐き出した。泡の奔流がヒードランに直撃する。水分がヒードランの体表で蒸発し、辺りに水蒸気が漂う。ヒードランにはたいして効いていないようだった。
 アムは舌打ちする。やはり〈バブル光線〉では威力不足だった。水タイプの技ではあるが、〈波乗り〉に比べて威力が弱い。〈波乗り〉を使いづらいダブルバトルのときに使う技として覚えさせていたが、伝説のポケモンを相手にするには弱かった。
 ヒードランが反撃の態勢に入る。身体を震わせたかと思うと、全身がまっ赤に輝き、爆裂する。炎が〈光の壁〉を突き抜けてゾーラを呑み込む。ゾーラは勢いで吹き飛ばされてしまう。
「ゾーラ」
 アムはゾーラに駆け寄る。ゾーラは動けない。戦闘不能だ。アムはモンスターボールに戻す。スレイの視線を感じた。次は何を出す、と問うている視線だ。
「おいアム、大丈夫か」
 バクが心配そうにこちらを見ている。バクのネンドールはヒードランに対して〈サイケ光線〉で牽制している。が、効果は今ひとつのようだ。ヒードランは炎タイプ以外にも他のタイプを持っているのだろうか。エスパータイプの〈サイケ光線〉が今ひとつとなれば、そのタイプは、エスパーかあるいは……。
「とげまる、出てくれ」
 アムはモンスターボールを投げた。トゲキッスのとげまるが出現し、ボールから出た勢いのまま、ヒードランの上空に向かった。
 ヒードランはとげまるを迎撃しようと、〈噴煙〉を飛ばす。とげまるはそれを軽やかに避ける。
「とげまる、急降下して〈波導弾〉だ」
 アムはヒードランのタイプが炎だけでなく、鋼も併せ持っていると見てとった。とげまるの〈波導弾〉は格闘タイプの技で、鋼タイプには効果抜群のはずだ。
 とげまるはアムの指示通り、急降下してヒードランに迫る。その懐に入ると、翼から連続でエネルギー弾を撃ち出す。ヒードランが顔を歪めた。効いている、と思ったときだ。
 ヒードランは至近距離からとげまるに大して炎を吐き出した。とげまるは〈波導弾〉のために防御態勢をとることを捨てている。その炎をもろに浴びてしまった。とげまるは炎を撒き散らしながら、吹き飛ぶ。倒れた後も炎がまとわりついていて、やがてぴくりとも動けなくなってしまった。
「〈マグマストーム〉。あんな技も使えるのか」
 スレイが呟いた。
 アムは次のポケモンを何にするか考えた。そのアムの前にスレイが歩み出た。
「アムくん、もういい。後はオレがやる」
 スレイはアムの返事を待たず、モンスターボールを投げた。普通モンスターボールは白と赤に塗り分けられているが、それは白と紫だった。アムは見たことがある。マスターボールと言われる特殊なボールだ。どんな強力なポケモンでも必ずゲットできるという貴重なものだ。そのモンスターボールの中から現れたのはヒードランに負けないほど巨大なポケモンだった。
 純白の体、たくましく太い手足、まっすぐな翼、両肩には輝く白い宝石のようなものが付いている。アムは知っている。シンオウ地方で空間を司る神と呼ばれるポケモン、パルキアだ。スレイが伝説のポケモンを手持ちにしているなんて。
 ヒードランは突如現れたパルキアに敵意を剥き出しにした。〈マグマストーム〉を吐き出す。炎はパルキアを包み込んだが、パルキアは気合いの唸り声をあげてそれを吹き飛ばした。
「パルキア、すべてを流しさってしまえ。〈波乗り〉だ」
 アムはぎょっとした。戦場にはヒードランの他にバクのネンドールも、倒れたままのアムのとげまるもいる。〈波乗り〉は敵だけでなく、味方にも被害を及ぼす。スレイはなんの躊躇もなくそれを指示した。
「ちょっと待ってください」
「構わん、パルキア。やれ」
 パルキアは空間全体を震わせるような咆哮をあげた。地面の下から水が湧き出てきたと思うと、一気に膨れ上がる。パルキアがそれを押し出すと、激流が洞窟内を満たす。ヒードランが溶岩の湖まで流される。溶岩に、〈波乗り〉の水が流れ込み、濛々と霧が発生する。視界が効かない。霧が洞窟全体を覆い。熱気がアムたちを襲う。
 視界が回復してきてアムは状況を理解した。ヒードランは〈波乗り〉に押し流されて溶岩の湖に沈んでいった。戦闘不能になったのだろう。あれでは捕獲はできそうにない。アムのとげまるとバクのネンドールは近くに倒れていた。二匹とももう動けない。
「スレイさん、なんてことを」
「黙っていてもらおう。パルキア、行け」
 スレイが腕を組んでパルキアに指示を出した。これ以上なにをさせる気だ?
 パルキアがその巨体を前進させる。溶岩の湖に差し掛かると、翼を広げた。羽ばたいてもいないのに浮遊し、湖の上を進んでいく。目指しているのは中央の小さな島のようだ。そこには灼熱に輝く球体がある。パルキアはその上まで来ると翼を折り曲げて着地した。
「なにをしようとしているんだ、スレイさん。まさか火山の置き石に手をつけようってんじゃ」
 バクがネンドールの具合を見ながらスレイに訊いた。スレイは答えない。
 パルキアはその太い腕を輝く球体に伸ばした。その球体から炎が噴き出しているようだが、気にも留めない。パルキアが球体を握った。その場所に張り付いているものを引き千切るように引っ張り出す。球体はパルキアの手の中で燃え上がっている。パルキアが咆哮する。
「よくやった、パルキア」
 スレイが満足そうに頷いた。
「おい、スレイさん。なに考えているんだ」
 バクが詰め寄る。
「ヒードランの捕獲が目的じゃなかったのか?」
 スレイは黙ってバクを見下ろす。
「あの王様の命令でヒードランを捕まえに来たんじゃないのか? なんで火山の置き石を取るんだよ」
「それがゴルドレイ様の本当の目的だからだ」
「なんだって」
 パルキアが溶岩の湖を渡り、戻ってきた。スレイの前に火山の置き石をかざす。
「これがなにかわかるか?」
「火山の置き石だろ。それをここから持ち出したら大変なことになるぞ。ハードマウンテンが噴火すれば、オルソーシティだってただじゃ済まない」
 スレイは微笑した。
「火山の置き石か。それは火山周辺に住む人々が勝手に作り上げた伝承に過ぎない。こいつの真の伝説はそれよりもはるか古代から紡がれている。こいつの本当の名前は、真なる火炎玉」
 初めて耳にする言葉だった。「火炎玉」なら聞いたことがある。ポケモンに持たせる道具で、持ったポケモンは火傷状態になってしまうという危険きわまりないものだ。しかし「真なる火炎玉」というのは聞いたことはない。
「お前たちも知っているだろう。ポケモンの道具のなかで、玉と名のつくものがいくつかあることを。火炎玉の他にも、電気玉というものもある」
 いつの間にかスレイにお前呼ばわりされていることを気にせず、アムはヒカリを見下ろした。今、ヒカリに持たせているのがその電気玉だ。
「そういった玉は単にポケモンに持たせる道具にすぎないが、その純粋な力が封印されている特別なものが自然界には存在する。それを古代の伝説は、真なる宝玉と伝えている。この火山の置き石はそのうちのひとつ、真なる火炎玉なのだ。ハードマウンテンという地球の気ともいうべきものを貯め込んだ火山を制御するほどの宝玉、これこそゴルドレイ様が欲しているものなのだ。ヒードランなど、初めから眼中にはない」
「おれたちを騙していたのか」
 バクがにじり寄る。
「火山の置き石を取りに来たとなれば協力を断られることは目に見えていた。さすがにオレでもハードマウンテンはきついからな。案内人は必要だった。どうする? 真なる火炎玉を奪い返すか? このパルキアに対抗できるのだったらやってみることだな」
 バクがアムのほうを見る。アムは頷いた。やるしかない。
「ナル、出番だ」
 アムはとげまるを戻して、他のモンスターボールを投げた。パルキアの前に重量級のポケモン、ドダイトスのナルが出現する。
「おれのとっておきを出すぜ。ブーバーン」
 バクのモンスターボールから現れたのは炎の体を持つ爆炎ポケモンのブーバーンだった。両腕の先が筒状になっていて、そこから炎を噴出させている。
 分が悪いと思う。パルキアが先ほど見せた〈波乗り〉はものすごい威力の水タイプの技だった。炎タイプのブーバーンが耐えられるかどうかわからない。
「おいアム。今、分が悪いとか思っただろ」バクは指を振った。「ポケモンバトルはタイプの相性だけじゃ決まらないぜ。相手が伝説のポケモンでもな」
 その通りだと思う。アムは意を決し、パルキアに相対した。ここはパートナーになったバクを信頼するしかない。自分のポケモンを信じるしかない。
「神と呼ばれし伝説のポケモンに刃向かうか。ならば教えてやる。格の違いというものをな」
 スレイが余裕の顔を見せる。
 アムはバクを見た。バクが見返す。ふたりは同時に頷いた。
「ナル、〈ウッドハンマー〉」
 地を揺らしながら、ナルがパルキアに向かって突進する。ナルは甲羅の上の巨木をパルキアに叩きつけるが、両腕で受け止められてしまう。ダメージも大したことはなさそうだ。
「今のドダイトスの攻撃、確かになかなかのものだ。しかしパルキアには効かない。バクのポケモンは攻撃してくる様子もないしな。二匹まとめて終わりにしてやる」
 スレイがパルキアに指示を出そうとする。
「スレイさん、おれを見くびるなよ」
 バクが叫んだ。
「ブーバーンはすでに技を出し終えているぜ」
「はったりを言うな。構わん、パルキア、〈波乗り〉だ」
 パルキアが咆哮し、足元から水を湧き出させる。〈波乗り〉の水流がブーバーンとナルを呑み込む。が、二匹とも水に流されずにその場に留まった。
「二匹とも耐えただと」スレイが驚きの表情を見せる。「ドダイトスはわかるが、炎タイプのブーバーンまでが……」
 バクが鼻の頭をかいて笑っている。その不敵な笑みを見て、スレイはバクが何かをしたのだと直感したのだろう、バクを見て何事か考えている。何かに気付いて周囲を見回す。
 洞窟は溶岩の熱気に覆われている。しかし、真昼のように明るいのは溶岩のせいだけではない。
「天気を変えたな」
 スレイの問いに、バクは頷く。
「ブーバーンの〈日本晴れ〉さ。炎技が強化され、水技は威力が弱まる。〈波乗り〉は怖くないぜ」
 バクはスレイに指を突き付けた。しかしスレイは落ち着きはらっている。
「こざかしい。パルキアは伝説のポケモンだ。天気に左右されるほど、やわではない。見せてやる。力とはどんなものかをな」
 アムは再びナルに〈ウッドハンマー〉を指示した。ナルは他に〈地震〉を使えるが、バクのブーバーンを巻き添えにしたくない。ナルがパルキアに突進していく。
「よし、ブーバーン。日差しが強い状態での〈火炎放射〉をお見舞いしてやれ」
 ブーバーンが筒状の腕を前に突き出す。そこから灼熱の炎が吐き出され、パルキアに襲いかかる。炎に包まれたパルキアに追い打ちをかけるように、ナルが〈ウッドハンマー〉を叩き込む。
 洞窟内に煙が立ち込める。
「パルキア、やれ」
 スレイの声がすると、パルキアの咆哮とともに、煙が一条の光によって切り裂かれる。
 アムの目に入ったのは、技を出し終えたパルキアと、倒れて動けなくなっているナルとブーバーンの姿だった。バクがブーバーンに駆け寄る。アムもナルに駆け寄った。ナルの甲羅が鋭い何かに切り裂かれたような傷を負っている。バクのブーバーンも同じような傷を負っているようだ。
「パルキアの最高の技、〈亜空切断〉は何ものをも切り裂く。終わりだな」
 スレイがパルキアの肩に担がれるようにして乗る。パルキアは浮遊し、動けないでいるアムとバクの上を飛び越えて、元来た洞窟に消えていこうとする。
 アムは何もできない。パルキアの桁外れの強さを見せつけられて、足がすくんでしまった。バクも同じようだ。しかし。
「待て」
 アムは叫んでいた。無力感に体が萎えている。恐怖に足が震えている。しかし、叫ばずにはいられない。
 パルキアがゆっくりとこちらに体を向けた。スレイが見下ろしてくる。
「おれは諦めない。火山の置き石を取り戻す。絶対に」
 アムの足元からヒカリが前に出た。ヒカリもアムの想いを受けて、戦う気でいる。
「ピカチュウごときでパルキアに勝てると思うのか。実力の違いを見たばかりだというのに。せっかく見逃してやろうと思ったが、愚かだな」
「ヒカリ、〈ボルテッカー〉だ」
 アムが叫ぶと、ヒカリはパルキアに向けて突進していった。ヒカリの体が輝きだし、電気を放出しながら、自ら光の矢となってパルキアに突っ込む。
「パルキア、〈波導弾〉」
 パルキアが両腕に気合を溜め、ヒカリに向けて解き放つ。突っ込んでいったヒカリはそれをまともに喰らって吹き飛ぶ。〈波導弾〉はさらに勢いを止めず、アムの目の前で爆裂した。アムは吹き飛ばされる。洞窟が崩れんばかりの震動に見舞われる。アムは意識を失った。

 頬に冷たいものを感じて、アムは意識を取り戻した。
 目を開けると、すぐ側でヒカリが心配そうにしている目と目が合った。頭が痛む。体中も痛い。どうやらベッドに寝かされているようだ。見覚えのある部屋だった。
「よう、気付いたな」
 バクが近付いてきた。アムは上体だけ起こして室内を見た。ここはハードマウンテンの麓の探検隊基地の小屋だとわかった。
「バクがここまで運んでくれたのか?」
 バクは頷いた。アムに水の入ったコップを差し出す。アムはそれを受け取り、一気に飲み干した。
「ありがとう」
 アムは枕元に並べられたモンスターボールを見た。五個のモンスターボールはアムのもので、中には手持ちのポケモンがいることがわかる。
「ポケモンも回収してくれたんだな。あのとき、おれはパルキアの〈波導弾〉を受けて気を失った。その後、どうなったんだ?」
「あの衝撃で溶岩の湖が溢れだしてきたんだ。おれはアムを連れてやっとの思いで洞窟を抜けた。火山はあれから活発化している。いつ噴火するかわからない状態だから、こうしてここでのんびりもしていられないんだけどな」
「ヒードランは? 火山の置き石は?」
「たぶん、ヒードランは怒り狂っていると思う。火山の活発化は火山の置き石が無くなったことと、ヒードランが怒っていることが重なって起こっているんだと思う。火山の置き石はスレイさんが持っていっちまった。消息はわからない」
「きっとオルソー城だよ。あれはゴルドレイの命令だって言っていた」
 アムはベッドから出た。少しふらついたが、立っていられないほどではない。
「おいおい。無茶するなよ」
 バクが支えてくれた。
「スレイを追う。火山の置き石を取り返さないと、火山が噴火するんだろ?」
「そうだけど。またパルキアを出されたら、どうしようもできないぜ」
 アムは動きが止まった。バクの言う通り、パルキアには敵わない。しかし、黙って見過ごすこともできない。
「行くっていうなら止めないけど、おれは行けないぜ。付近の人たちに噴火のことを知らせないとだからな」
「なんとかするさ。どんなに強いポケモンでも、万能ってことはない。今はどうしたらいいかわからないけど、何もしないわけにはいかない。だから、行くよ、おれは」
 バクはため息をついた。
「お前って、頑固だな。でも、おれはお前が気に入った。がんばれよ」
「まかせてくれ」
 アムはモンスターボールをベルトに装着して、その小屋を後にした。夕闇が近付いている。
 とげまるには秘伝〈空を飛ぶ〉を覚えさせてある。オルソーシティまではとげまるに吊るされて飛んでいけばいい。
 心なしか、オルソーシティの方角は黒い雲に覆われているように見えた。


つづく



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