アムベース>

ポケットモンスター光


イカヅチ山のサンダー伝説

後編

 目の前には滝が流れ落ちている。微細な水のしぶきが顔にかかる。水しぶきが霧のようになって視界が悪い。そこは建物の外だった。建設中のダムは放水状態になっていて、大量の水を流している。アムたちがいる場所は対岸からその滝を見上げるようなところだった。見上げると、ダムの壁面に鉄の檻のようなものがある。そこにサンダーが捕われていた。サンダーが怒り狂ったように〈放電〉を放つ。が、スパークは鉄の檻から外にはいかず、吸収されている。よく見ると、檻の天井になんらかの機械があり、それがサンダーの発する電気を吸収しているようだった。サンダーの電気技だけでなく、サンダー自身の生命力も吸収しているのか、サンダーは弱りきっているように見える。
「なんてことを」
 ツバサが呟く。「助けましょう」
「そうはさせない」
 横合いから声がかけられる。アムとツバサは声のしたほうを見た。
「やはりあんたが黒幕だったのか」
 アムの指摘に、その男は静かに頷いた。アムはその男の名を呼ぶ。
「ハヤブサさん」
 ツバサが信じられないといったように目を見開いている。
 アムには予感があった。思えばハヤブサのサンダーへの執着は異常なほどだったし、発電所に来てからの別行動も気になった。鳥ポケモンの模型が飾られていた所長室もヒントとなった。最後はウワンが研修旅行でシンオウ地方に行ったと言っていたことだった。ウワンはそこでジバコイルを手に入れた。そしてハヤブサはシンオウ地方の鳥ポケモンであるムクバードを所有している。
「ここまで来てほしくなかったな」
 ハヤブサは目を合わせようとしない。
「ハヤブサさんが黒幕って、本当なの?」
 ツバサがハヤブサに詰め寄ろうとする。ハヤブサはモンスターボールを投げた。ツバサの行く手を大きな鳥ポケモンが遮る。ムクバードに似ているが、それよりも大きく、さらに攻撃的に見える。とさかは前方に突き出し、くちばしも目も獰猛に鋭い。
「おれはこの発電所の所長だ。ダム建設事業の推進もおれの仕事。サンダー捕獲作戦もおれが立案した」
「わたしたちを騙していたの」
 ツバサが鳥ポケモンを押しのけようとする。
「やめておくんだ。たった今ムクバードを進化させて、ムクホークにした。そいつは凶暴だ。君に怪我はさせたくない」
 ムクホークがツバサの目の前で威嚇の声を発する。鋭い鳴き声にツバサは足がすくんでしまった。
「そう。おれは君たちを騙した。ダム建設のために、君の村を懐柔しようとした」
 アムはいまだに信じられない。あのハヤブサがあんな卑怯なことをするのだろうか。ツバサも同じ気持ちだろう。ハヤブサの良心を信じたい。
「村への嫌がらせは? あれはさっきのウワンが勝手にしたことなんでしょう。ハヤブサさんはアムくんといっしょに戦ってくれたじゃない」
 ハヤブサは首を横に振った。
「おれの責任においてウワンには全て任せていた。たとえウワンの独走だとしても、あれはおれがやれと命じたようなものだ。あの場で君たちを助けたのは、サンダーに近付けると判断したからだ」
 その読み通り、ハヤブサはサンダーに近付けた。サンダーはハヤブサの内なる心に気付いていたのだろう。だからハヤブサに対して攻撃してきた。サンダーがハヤブサに気をとられている間にウワンらがヘリで接近することも打ち合わせ済みだったのだろう。サンダーは捕獲されてしまった。
「サンダーがイカヅチ山からいなくなると、山が暴走すること、知ってたんですか?」
 アムが訊くと、ハヤブサは肯定も否定もせずにアムを見た。
「どちらにせよ、サンダーがここにいる限り、山は元に戻らない。しかし、おれはサンダーを返すつもりはない、ということだ」
「どうしてですか。ハヤブサさんは鳥ポケモンが好きなんでしょ。サンダーに憧れていたんでしょう。なのになんでこんな酷いことを」
「サンダーは」
 ハヤブサは声を荒げた。アムの言葉が核心を衝いたのだろうか。
「無限に電気を生み続ける。ここでサンダーから電気を吸収することこそ、カントー電力に必要なことなんだ。これがおれの仕事だ。サンダーから電気を吸収する。下流の村を沈めてダムを建設すること。それがこの発電所の所長であるこのおれの仕事だ。君にはわからんよ。無邪気に旅をして好きなことをしていられる子供の君にはな。好きとか憧れとかだけでは、大人の世界では生きていけないんだ」
「ハヤブサさんは間違っている」
 アムはなんの根拠もなく言いきった。子供扱いされたことに対する怒りではない。ハヤブサが好きなことを否定する気持ちに反発したのかもしれない。
「いいや。間違ってはいない。君が何も知らないだけだ。それを証明してやる。子供の君がどうやったって大人には敵わないということを教えてやる。サンダーを助けたければおれを倒すことだ。無理だがな」
 ハヤブサはいきなりふたつのモンスターボールを空中に投げた。中からオニドリルとピジョットの二匹が現れる。
「お前たちはツバサを牽制していろ」
 ハヤブサの指示に従い、二匹はツバサの頭上すれすれを飛び回りはじめた。ツバサはモンスターボールを出せないほどひるんでしまっている。
「サンダースを出されると厄介だからな。ツバサくんにはそうしていてもらう。さて、アムくん」ハヤブサははっきりとアムと目を合わせた。「君の相手はこのムクホークがする。言っておくが君に勝ち目はない。攻撃を一度も当てることもできない、と予言しておこう。さあ、来い」
 アムは覚悟を決めた。ハヤブサは間違っている。それをわからせるにはポケモンバトルに勝つしかない。
「いくぞ、ヒカリ。あのわからずやに、きついのをお見舞いして目を覚まさせてやるんだ」
 ヒカリがアムに応えて前に出る。ひと声、気合を発すると、微かな電気が両頬から漏れ出た。
 ムクホークが翼を大きく広げて威嚇の声をあげる。
 ヒカリが委縮したように見えた。ムクバードの特性〈威嚇〉が発動したのだろう。だとするとヒカリの物理攻撃力が下げられたはずで、物理技〈電光石火〉の威力は期待できない。しかしアムにとって痛手ではない。ヒカリの電気技は物理ではなく特殊攻撃が主体だからだ。
「ヒカリ、〈かみなり〉だ。鳥ポケモンなら一撃で倒せるぞ」
 ヒカリは全身を電気で光らせて稲妻を飛ばした。しかしその攻撃はムクホークを逸れて何もない地面に落ちた。
「ムクホーク、〈影分身〉」
 ハヤブサは冷静な声でムクホークに指示する。ムクホークがその場で旋回する。あまりの早さに残像が発生し、何体かに分身したように見える。
「回避率を上げた?」
「そうだ、アムくん。おれはさっき、君は攻撃を一度も当てられないと言った。ピカチュウの〈かみなり〉はもう当たらんよ。周囲を見ろ」
 アムはハヤブサに注意を払いながらも、周囲に目を走らせた。滝からの水しぶきで視界が悪い。
「こういう霧が濃いような場所ではポケモンの技は当たりにくくなるものだ」ハヤブサが静かに説明する。「それに加えてピカチュウの〈かみなり〉はもともと命中率が著しく悪い。さらにムクホークは〈影分身〉を完了した。君の技が当たる確率はほとんどないということだ。さらに」
 ハヤブサが指を鳴らした。ムクホークが地面すれすれに飛び、その翼でヒカリを切りつける。ヒカリは避けようとするが叶わず、叩き飛ばされてしまう。
「ムクホークは〈燕返し〉を覚えている。どんなに視界が悪い環境だろうと必ず命中させることができる必中技だ。これがなにを意味するかわかるか」
 ハヤブサに言われるまでもなく、アムはこの状況が意味するところを理解した。
「敵の攻撃はすべて避ける。こちらの攻撃はすべて当てる。完全勝利の作戦ということだ」
「負けるもんか」
 状況がわかっていても、アムはそう言うしかなかった。ヒカリを信じて技の指示を出すしかない。
「ヒカリ、命中率とか確率なんか関係ない。自分を信じて技を出すんだ」
 ヒカリがこちらを見て頷く。アムがヒカリを信じているのと同様、ヒカリもアムを信じてくれている。
「〈かみなり〉、いけえ」
 ヒカリが〈かみなり〉を撃ち放つ。渾身の一撃だが、これもムクホークには当たらない。ムクホークはさらに〈影分身〉をして回避率を上げる。
「諦めろ、アムくん。もう君に勝ち目はない」
「諦めるもんか。おれはあんたみたいに何に対しても諦めたりはしない」
 気に障ったのか、ハヤブサは歯を食いしばる。
「ピカチュウがどうなっても知らんぞ。ムクホーク、〈燕返し〉だ」
 ムクホークの技がヒカリに炸裂する。飛行タイプの技だからヒカリには効果は今ひとつだが、何度も当てられていれば危険だ。ヒカリは地面に叩きつけられるたびに、歯を食いしばって立ちあがる。
「がんばれ、ヒカリ。〈かみなり〉は絶対に当たる。諦めなければいつか絶対に当たる。おれたちは止まるわけにはいかない。おれたちには夢がある。その夢に向けて進み続けるんだ。可能性がある限り、何度でも立ち上がって。あんな大人に負けるもんか」
「バカな。これ以上はピカチュウの限界を超えている。命に関わるぞ。覚悟はできているんだろうな」
 ハヤブサはムクホークに指示を出そうとした。その指先になにかが落ちた。アムの鼻先にも何かが落ちた。水滴のようだ。
 ぽつりぽつりと水滴が落ちてきたかと思うと、すぐにどしゃぶりになった。雨が霧を払う。
「なんだ?」ハヤブサが天に目をやる。イカヅチ山のものとは違う雨雲が空を覆っていた。「このタイミングに雨だと? しまった」
 ハヤブサが何かに気付いた。アムも同時にあることに気付いた。
「ハヤブサさん。やはり諦めなければ道はいつか開かれるんだ」
「いかん。ムクホーク、ピカチュウにとどめを刺せ」
 ムクホークが〈燕返し〉を繰り出すよりも早く、アムの指示とヒカリの動きのほうが早かった。
「ヒカリ、最大パワーで〈かみなり〉だ」
 ヒカリはぼろぼろになった体で大地にしっかりと立った。渾身の力を込めて〈かみなり〉を撃ちだす。ムクホークの動きは早く、〈かみなり〉は外れるかに見えた。しかし〈かみなり〉は雨を介してムクホークに向けて正確に方向を変えた。雨が降っているとき、〈かみなり〉は必中になる。ムクホークがヒカリに襲いかかる寸前に、〈かみなり〉が直撃した。ハヤブサが駆け寄る。
 〈かみなり〉はムクホークを貫き、地面さえ爆ぜさせた。爆煙が噴き上がり、雨が蒸散し、光を膨張させて、やがて拡散した。
 視界が晴れると、そこには動けなくなったムクホークと、それをかばうようにしてハヤブサが倒れていた。ハヤブサは服もマントもぼろぼろにして、手や顔に焼け跡を作っている。立ち上がる力はないようだった。そのハヤブサを心配してか、ツバサにまとわりついていたオニドリルとピジョットが降り立つ。
 アムは人の気配を感じて上を見た。ダムの上に人影があったような気がしたが、すぐに見えなくなった。
「まさか本当に〈かみなり〉を当てるとはな」
 ハヤブサがか細い声を出す。咳き込みながらも続ける。
「君には負けた、アムくん。君の言うとおり、諦めないことこそ、真の力なのかもしれないな。おれはいつの間にか、つまらない大人になっていたのかな」
 ツバサが駆け寄り、ハヤブサを見下ろす。アムは何を言っていいかわからなかった。
 そのとき、重いものが動くような重低音が響き渡った。
 アムは音のしたほうを見た。ダムの中腹にある扉が開き、そこから水が流れ落ちている。最初水は細い滝でしかなかったが、扉が開くに従って太くなり、大量放水状態になっていく。扉はまだまだ開いていく。
「一体なんなの。どうしてダムが動いているの」
 ツバサがうろたえる。
「ダムは完成していたんだ」
 弱よわしい声がした。ハヤブサが苦しそうに上体を起こしている。
「ハヤブサさん」
 アムの警戒に反応してヒカリが戦闘状態をとる。が、ハヤブサは手で制した。
「もう降参だよ。それよりあのダムを止めないと大変なことになるぞ。このまま水を出し続ければ下流の村が水没する」
「なぜ扉が開いたの」ツバサが顔を青くさせる。
「わからないが。暴走した可能性がある。今の戦いの衝撃で、発電所に想定外の電気が流れた。コンピューターが狂って扉を開けたというのが、もっとも考えられることだが」
「どうすれば閉められます?」
 アムの問いに、ハヤブサは片手を上げて、上を指差した。
「発電所の屋上、ヘリポートの横に発電所全体を制御する発電機械がある。それを破壊することができれば、安全装置が働いてあの水門は閉まるはずだ。ただし発電機械は鋼鉄製だ。物理的な打撃には頑丈だ。例えば強い電気での攻撃なら有効だろうが」
 アムは見上げた。アムたちのいる場所からは屋上に行く外階段もないし、壁をよじ登ることも不可能に見える。
 ――どうしたらいい。
 考える間にも水門の扉は開いていく。水量は増える一方だ。
 発電機械の場所に行くには空を飛ぶくらいしか方法はない。アムとツバサの手持ちにはそのようなポケモンはいない。自然、ハヤブサに視線が行った。
 ハヤブサは首を振った。アムにもわかっている。ハヤブサの鳥ポケモンなら屋上まで行くことはできるだろう。しかし、発電機械を破壊するような技はない。
 アムは愕然とする。どうすることもできない。
「諦めるな」
 ハヤブサが発した言葉だった。ハヤブサは手元になにかリモコンのようなものを持っている。そのスイッチを押した。
「アムくん。おれは君に教えられた。どんなときも諦めずに、自分を信じるということを。罪滅ぼしってわけじゃないがな。イカヅチ村を水没させることは間違えている。今までは大人として仕事を全うすると偽り、目を逸らしていた。しかしもう逸らしはしない。間違っていることは間違っていると言う。おれはイカヅチ村を救うぞ」
 ハヤブサが見つめる先にあるものをアムも見た。サンダーが閉じ込められている鉄の檻が開いた。
 サンダーが大声を出してその檻から飛び立つ。同時にハヤブサに向けて電撃を放つ。ハヤブサが電撃に打たれ、悶絶する。サンダーは容赦なく電撃を繰り出す。ハヤブサがそれに耐える。
「サンダー、おれの話を聞いてくれ」
 電撃に耐えつつ、ハヤブサはサンダーに語りかける。が、サンダーは攻撃をやめようとしない。
 サンダーが怒るのも無理はない。ハヤブサはサンダーを捕えた張本人なのだから。イカヅチ山で攻撃をかけてきたのも、最初からハヤブサの正体がわかっていたからなのだろう。しかし今は状況が違う。
「待ってくれ、サンダー」
 アムは屈みこんでいるハヤブサの前に出た。電撃が腕や足をかすめるが、構わない。ツバサも前に出る。一条の電撃がツバサの髪を焼く。その様子を見てサンダーが動きを止める。
「サンダー様、ハヤブサさんの話を聞いて」
 ツバサが祈るような目でサンダーを見上げる。サンダーはツバサを見、アムを見、ハヤブサを見る。翼を羽ばたき、滞空しながら、待ってくれている。ハヤブサが立ち上がり、前に出た。
「聞いてくれ、サンダー。今イカヅチ村が大変なことになっている」
 サンダーが吠えた。その衝撃波で転びそうになるのを堪えて、ハヤブサは続ける。
「わかっている。お前を利用しようとしたおれが引き起こしたことだ。申し開きもない。しかし、この状況を打開しなくてはならない。ダムの水を止めなければイカヅチ村は水没する。お前とともに生きてきた村人を助けなくてはならない。頼む、力を貸してくれ」
 サンダーがまた吠えた。同時に、電撃をハヤブサにぶつける。ハヤブサが苦しそうに叫ぶ。
 アムは見ていられない。
「やめてくれ、サンダー。ハヤブサさんは本気で村を助けたいと思っているんだぞ」
 ツバサがアムを手で制した。
「ツバサさん?」
 ツバサは首を振る。
「見て、アムくん。サンダー様はもう怒ってなんかいない」
 アムは様子を見た。サンダーがハヤブサに電撃を繰り出し続けている。しかしハヤブサはもう苦しそうではなかった。ハヤブサは目を閉じて、その場に立ち続ける。
「ああやって、ハヤブサさんの心を読んでいるのよ。ハヤブサさんに邪な気持ちがなければ大丈夫。サンダー様はきっと力を貸してくれる」
 やがてサンダーの電撃が止まった。ハヤブサが目を開く。
「わかってくれたか、サンダー」
 サンダーが上空に向けて大きく吠える。ゆっくりとアムたちのいる場所へ降りてきて、着地する。ハヤブサに向けて小さく鳴く。ハヤブサが頷く。
「アムくん、ピカチュウを。ツバサくんはサンダースを出してくれ」
 アムが疑問の視線を投げると、ハヤブサは答える。
「発電機は強力な電撃で破壊できる。サンダーが、ピカチュウとサンダースをそこまで運んでくれるらしい」
「じゃあ、サンダーは許してくれたんですね」
「それはわからんよ。おれも、許してもらおうとは思っていないしな。しかし今はダムを止めなければならない。急いで」
 ヒカリがサンダーの背に乗る。ツバサもすぐにサンダースを出して、サンダーの背に乗せた。
「頼む、サンダー」
 ハヤブサが声をかけると、サンダーはひと鳴きし、羽ばたいた。旋回しながら、発電所の上空へ飛ぶ。
「いくぞ、アムくん、ツバサくん。最大パワーで電撃を撃ちこんでくれ」
「ヒカリ、〈かみなり〉」
「サンダース、〈電撃波〉」
 サンダーの背中からヒカリとサンダースが技を繰り出す。〈かみなり〉は狙いが正確ではないが、発電機は大きく、動きもしないから外しようがない。サンダースの〈電撃波〉は正確な狙いで直撃した。電撃に見舞われた発電機が破壊されていく。そこへサンダーがとどめの〈放電〉を撃ちこんだ。強力な電撃が発電機に直撃する。発電機は電撃に切り裂かれ、内部の機械を焼かれ、最後には派手に爆発した。
 アムは足がすくんだ。サンダーの本気の技はあれほど強力なものなのかと驚いた。ここからでは詳しく見えないが、発電機を破壊できたことはわかった。
「見て、水門が」
 ツバサに言われ、アムはダムを見た。扉がゆっくりと閉まり始めた。それにあわせて水流も細くなっていき、やがて、完全に止まった。
「やったわ」ツバサが静かに言う。「アムくん、ハヤブサさん。やったのよ。わたしたち、村を救った」
 サンダーがそばに着地する。ヒカリとサンダースがその背から降りて、アムとツバサの元に駆け寄る。アムはヒカリの頭を撫でてやった。
 サンダーがひと声鳴いて、再び飛び立つ。
 発電所の上空で旋回したかと思うと、無数の電撃をその屋上に降らせた。電撃が建物を直撃していく。炎上こそしなかったものの、発電所の天井は破れ、内部にまで電撃が駆け巡り、ガラスというガラスを割り、やがて濛々と煙を吐きだす。
「やられたな」
 ハヤブサが力尽きたようにその場に腰を降ろした。
「サンダーは本気で怒っている。もうこの発電所は終わりだ。おれの役目もこれで終わりか」
 サンダーは発電所の崩壊を見届けてから、イカヅチ山の方角へ去っていった。去り際、アムたちを見下ろし、目を合わせたような気がする。
「これでイカヅチ山も元に戻るわね」
 ツバサがほっと息をついた。
「ハヤブサさん、これからどうするんですか?」
 アムの問いに、ハヤブサは遠くを見つめながら答えた。
「本社に事の成り行きを報告だな。それから出るところに出るさ」
「警察ってこと?」
 ハヤブサが頷く。ツバサは何も言わない。
「おれはここの最高責任者だ。責任はとるよ。ところで、君たちには迷惑をかけたな」
「ハヤブサさん、最初に会ったとき、なんでおれをイカヅチ村に、サンダーのところに誘ったんです?」
 ハヤブサは微笑した。
「サンダーのところへ辿り着くには、岩タイプの野生ポケモンがうるさいんでね。君のフシギダネは使えると思った。そういうことだ」
「そうですか」
「おれを恨むかい」
「とんでもない」アムはかぶりを振った。「おかげでサンダーにも会えた。おれもヒカリも成長できた、ような気がするんです」
「でも」ツバサが口を開いた。
「あなたはわたしたちを騙していた。わたしには許せない」
 ツバサはハヤブサの目を見る。その視線は力強い。ハヤブサは静かに見返すだけだった。
「だから、警察に行って裁きを受けて、全部片付いたら、ここに戻ってきてほしい。イカヅチ村のために力を尽くしてほしい。わたしは待っている」
 ハヤブサは何も答えない。ただ、遠くの山々を眺めていた。

 イカヅチ山の黒雲はすっかり消えていた。空は晴れ渡っている。イカヅチ村の被害は思ったよりも少なく、復興はすぐになされるだろうということだった。
 アムはツバサたちに別れを告げて、イカヅチ村を出た。
 次の街を目指し、草原を進んでいる。分かれ道のところで人を待っていた。やがて待っていた人物が地平線のかなたからこちらへ歩いてきた。向こうもこちらに気付いている。
「ユウマ」
「アムか。こんなところで何している。野生のポケモンの気配もしないが」
「お前を待っていたんだ」
 ユウマは首を傾げた。
「悪いがおれは先を急ぐ。バトルしている暇はない」
「そうじゃないよ。ひとつ聞きたいことがあったんだ」
 ユウマは腕を組んで、アムの言葉を待つ。
「おれとハヤブサさんが戦っているとき、突然雨が降り出した。それでヒカリの〈かみなり〉を命中させることができたんだけど。あれってお前がやったことじゃないか?」
 アムはユウマの目を見た。ユウマもアムを見返す。
「さあな。偶然を味方につけるのもトレーナーの素養だ。そういうことだろう」
「とぼけるなよ」
 ユウマはひとつ嘆息した。
「おれのピカチュウ――ソニックには様々な戦略を試している。〈かみなり〉は覚えるべき技かどうか見極めたかった。〈雨乞い〉を持ったポケモンがいればそれを活かせるということがわかったってことだ。お前を助けたわけじゃない」
「わかったよ。いいように利用されたってことで、納得する」
 ユウマはひとつ鼻を鳴らしてから、アムに背を向けて歩きだした。アムの進む道とは別の道へ行く。アムはその背中に声をかける。
「ユウマ、またバトルしよう」
「ポケモンをよく鍛えておくんだな。今のお前ではおれの相手にはならない」
「それはこっちのセリフだよ。楽しみにしてろよ。ヒカリもミドリもファイガもタンクも強くなる。新しいポケモンも手にいれる。おれも強くなる」
 アムは手持ちポケモンを増やそうと考えていた。次に仲間にするのはどのタイプがいいだろうか。自由気ままな呑気なポケモンをゲットしたい。
 アムはユウマを見送って、自分の道を進みはじめた。傍らにはパートナーのヒカリがいる。モンスターボールには頼れるポケモンたちがいる。未来にはまだ見ぬ仲間たちがいる。
 アムの夢が草原を走る風に乗ってどこまでも飛んでいく。どこまでも高く、どこまでも遠く。


          完



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