アムベース>

ポケットモンスター光


アルセウスと真なる宝玉



7 時の咆哮

 空中要塞はシンオウ地方本土へ向けて飛び去っていった。中央政府のものらしい軍用機が要塞にミサイル攻撃をしかけたが効果はなく、逆に〈裁きの飛礫〉によって撃墜されてしまった。打つ手のなくなった軍は本土のキッサキシティ、ヨスガシティ、ナギサシティの三都市に防衛ラインを配置して要塞上陸に備えるしかなかった。ポケモンレンジャーや国際警察の部隊も一度態勢を立て直さなくてはならず、オルソーシティから撤収していった。
 崩れ去った城から脱出したアムたちはポケモンセンターにいた。ハードマウンテンの噴火もなりをひそめたため、街から非難する必要はなくなっていた。市民も避難先から戻りつつある。そのポケモンセンターのロビーに設置されたテレビでは、空中要塞がシンオウに侵攻する様子をニュース番組が流している。テレビを取り囲むようにアムとミナ、ハーブと、デネブがいた。
 城からともに脱出したデネブはアムたちに敵愾心を見せることもなくおとなしく着いてきたのだった。もうひとりのゴルドレイの部下であったスレイは脱出のときにはぐれたきり姿を消していた。
「さて、これからどうするかよね」
 重い沈黙を破ってハーブが発言した。このメンバーの中ではリーダー的存在になりつつある。
「ポケモンレンジャーとしては、やはりゴルドレイを止めるための行動をしなければならない。私はいったん本部に戻って善後策を協議してくるわ。みんなはどうする? できるなら、協力してほしいけど」
 アムは立ち上がった。
「もちろんです。おれは何度でもゴルドレイに挑戦しますよ」
「もちろんわたしも協力します」ミナが手を上げた。
 甲高い笑い声がした。デネブだ。
「あなたたち、本気であのゴルドレイ様を止められると思うの。見たでしょ、あのアルセウスの力を。空中要塞の力を。空中要塞の対空防御は完璧よ。近付くことさえできないわ」
「デネブ、あなたはまだ」
 ハーブが詰め寄ろうとすると、デネブは両手を翳した。
「別にあなたたちの邪魔をしようというのではない。私はゴルドレイ様に見捨てられたのですもの。もうどちらの敵でも味方でもない。ただ事実を言っただけよ」
 デネブの言葉は本当らしい。アムはもう彼女から敵意を感じなかった。
 ハーブが指を顎に当ててなにかを考えている。何かを閃いたというふうに手を叩いた。
「ひとつだけ方法があると思うの」
 皆がハーブに注目した。ハーブはデネブをじっと見た。
「あなたの力が必要だわ。あなたのディアルガの力が」
 全員がデネブに注目した。デネブは無言のままハーブに次の言葉を促した。
「時間を超越して、ゴルドレイがアルセウスを手に入れた歴史を変えてしまうのよ」
 デネブが静かに首を振った。
「一度起きてしまったことは変えられない。いくらディアルガの力でも世界の理(ことわり)を覆すことなんてできない。ゴルドレイ様はアルセウスを手に入れた。空中要塞を浮上させた。こればかりは変えようがない」
 ハーブは自分のアイデアが空振りしたことを知って、肩を落とした。
「でも」デネブが小さな声で続けた。
「やらないよりはましかもしれないわね」
 照れ隠しのように、デネブは俯きかげんになった。皆の顔が明るくなる。
「可能性があるとすればひとつだけ、歴史の分岐点がある。それはゴルドレイ様が探し求めていた最後の真なる宝玉の在りかを突き止めたとき」
 デネブがまっすぐにアムを見た。
「アムの記憶からその場所と時間を読み取ったときよ。その瞬間をなかったことにできればあるいは」
「おれの記憶を読み取ったときって」
 アムは記憶を辿った。遺跡の孤島で聞いた話を思い出す。
「確か、バトル大会の決勝でおれとユウマが戦っているとき、ゴルドレイのエルレイドが読み取ったと言っていた。そもそもバトル大会はそういう宝玉の記憶を持つトレーナーを探すために作られたと」
 デネブが頷いた。
「そこにアムが出場しなかったとしたら、ゴルドレイは真なる電気玉を入手することはなかったことになる。アムをバトル大会に出場させないように歴史を変える。ディアルガならその日にアムを飛ばすことができる。方法はそれしかないわ」
「ちょっと待って」ミナが口を挟んだ。「時間移動するのはアムでなくちゃだめなの?」
「そうよ。本人なら当日の自分の居場所、何を考えていたかがわかるからよ」
「そう言われればそうね」
「決まりだな」アムは覚悟を決めた。「デネブ……さん。頼むよ。おれをその日に飛ばしてくれ。とにかくおれがバトル大会に出場するのを止めればいいんだよね」
 デネブもハーブもミナも頷いた。今のところそれしか方法はないのだと、全員が思っていた。

 アムたちはポケモンセンター敷地内の広場に集まった。数日前にアムがバトル大会の練習に使った場所だ。アムはこれからその日に向かう。
 デネブはマスターボールを投げてディアルガを出した。伝説のポケモンは巨大で威圧感ばっちりだが、敵でないのは心強かった。
 アムは腰のモンスターボールを確認した。ヒカリも今はおとなしくボールに納まっている。みんな体調は完全だ。
「準備はいい、アム?」
 デネブから訊ねられて、アムは元気よく頷いた。
「ディアルガの時間移動は万能じゃない。向こうにいられる時間は時間の波にもよるけど一日か二日というところかしら。それまでに当日のアムがバトル大会に出ないように阻止すること。いいわね」
 アムは頷いた。
 ハーブがアムの肩を叩いた。
「わたしとミナはポケモンレンジャー隊と合流して空中要塞攻撃のためにできることをする」
「アム、あんたが帰るまであたしたちががんばるわ。だからアムもがんばって」
 ミナが手を振った。アムは頷いて応えた。
「これを着けなさい」
 デネブが自分の羽織っている黒いマントをアムの肩に羽織らせた。アムにとってはやや大きなサイズで、フードをかぶれば頭まで覆うことができそうだ。
「これは?」
「過去で自分自身に会ったときに、自分ということを知られてはだめよ。何が起こるかわかったもんじゃないからね」
 ぞっとしてアムはフードをかぶった。その頭にデネブが手を置いた。
「いけるわね、アム」
「はい。お願いします、デネブさん」
 デネブは頷いてから、ディアルガに向き直った。
「時を司るディアルガよ。汝が主が命じる。宿命の輪を打ち破り、この者を定められし時に運べ。〈時の咆哮〉」
 ディアルガが天空に向けて吠える。天と地が震えた。ディアルガの背中から放射状に伸びる突起物が膨張し、輝きだす。
 ディアルガの咆哮が頂点に達したかと思われたとき、胸の金剛石から閃光が迸った。閃光がアムの視界を白く染める。なにも見えなくなったと思ったとき、アムは浮遊感に捉われた。
 アムの頭の中を記憶が細切れになって通り抜けていく。
 アムはデネブにマントを着せられた。アルセウスが雄叫びをあげ、ヒカリが〈ボルテッカー〉で突進する。上空からオルソー城に侵入する。ユウマから回復道具をもらい、手持ちのポケモンを回復させる。スレイのパルキアとデネブのディアルガが時空の扉を造り 、ゴルドレイがギラティナの力でその扉を開く。スレイが火山の置き石を手にし、パルキアの〈波乗り〉がヒードランを襲う。バクと協力してハードマウンテンの奥へと突き進んでいく。スレイのエアームドでオルソー城から飛び立つ。オルソー城の謁見の間でゴルドレイと話している。側にはデネブとスレイがいる。バトル大会の決勝でユウマのゲルググの〈ブラストバーン〉という技を喰らい、ゾーラが戦闘不能になる。オルソーシティの港でスレイに会い、ミナと話す。ポケモンセンターの広場でナルととげまるの特訓をする。
 アムは様々な光景を見て、そしてその時間に降り立った。場所はさっきと変わらない。ポケモンセンター敷地内の広場だ。デネブやハーブ、ミナはいなくなっている。もちろんディアルガもいない。いないはずだ。アムは過去に溯ったのだから。
 遠くにオルソー城の尖塔が見える。まだ崩壊していないときの城だ。夕陽に照らされて燃えるような色に染まっている。アムは記憶を辿った。その時間に自分がいた場所を思い出して、走り出した。

 水の張られた外掘と内堀を渡り、天上人の石像の下を過ぎ、衛兵が立つ巨大な城門をくぐった。そこに会うべき人物がいた。アムはマントのフードを目深にかぶり、城門の影からその名を呼んだ。
「アム」
 〈彼〉は名前を呼ばれて振り返った。辺りを見回して、こちらが城門の影にいることに気付いたようだ。アムは〈彼〉に近寄っていった。〈彼〉はこちらが何者なのかわからず、警戒している。その足元にはヒカリがいる。ヒカリのほうはこちらが誰なのか特定はできなくても、警戒するべき者ではないことをわかっているようだ。
 アムはなるべく低い声を出した。
「気をつけろ」
 思った以上に声がくぐもった。〈彼〉は足をすくませている。
「バトル大会には出るな」
 たたみかけると、〈彼〉は顔をしかめた。
「なんだってんだよ。あんた、誰だ?」
「誰でもいい。とにかくバトル大会には出るな。いいな」
「そんなのおれの勝手だろ。あんたも出るのか?」
「おい」
 突然後ろから声がした。城門の衛兵が何かトラブルでも起きたのだろうと思ったのかもしれない。
 まずいと思った。他の人間に見られるのはまずいと直感して、アムはその場を離れることに決めた。〈彼〉は衛兵のほうに目を向けている。その隙に門の影に隠れて、その場を後にした。
 城の外へ行けば〈彼〉と鉢合わせしてしまう可能性があるから、城内に身を隠すことにした。あれで〈彼〉――数日前のアム――はバトル大会出場をやめるだろうかと考えて、アムはすぐに否定した。知らない誰かに止められてバトル大会を棒に振るはずがないことは、アム自身が一番よく知っている。ではどうすればいいか。〈彼〉が決勝戦に進むまでに実力行使に訴えてでも止めるしかない。そのチャンスはいつがいいのか、アムは記憶を辿って考えてみた。大会当日まであと二日。ディアルガの時間移動の限界がいつなのかわからないが、それまでにやらなければならない。
 ともあれ、日も暮れて今日はもうやるべきことはない。アムは城内の風が当たらない場所を見付けて、衛兵の見回りが来ないことを確かめると、そこで寝ることにした。デネブからもらったマントは予想以上に暖かい。シンオウ地方の寒い夜も乗りきれるようだった。

 翌日、アムは城を出た。とげまるの〈空を飛ぶ〉で運んでもらえば衛兵に見つからずに出入りすることがわかった。アムはその日の行動を思い出した。朝はポケモンセンターで技の特訓をした。昼間は港に行ったり、観光名所を回ったりしたはずだ。この時間はポケモンセンターでの特訓を終えて朝食を食べているころだろうか。
 そんなことを考えていたらお腹が鳴った。アムは港近くのファストフード店に入った。意外と混んでいるのは明日のバトル大会の影響で人が増えているからか。ポケモンを連れ歩いているトレーナーも多い。バトル大会の出場者だろう。ポケモンと人とが仲良くしている様子を見ていると、アムは楽しくなってきた。トレーナー同士がポケモンバトルについての情報交換もしている。アムはバーガーを食べながら、背中の向こうから聞こえる声に耳を傾けた。
「おい聞いたか。今度の大会には凄腕のトレーナーが出るらしいぞ」
「本当か。どんなやつかわかるか?」
「詳しくは知らん。確かカントー地方からやってきたと聞いた」
 自分のことかとアムは思った。少し鼻が高い。
「リザードンがとてつもなく強いらしい」
 アムはがっくりきた。自分ではなく、それはきっとユウマのことだ。
「リザードンか。ならこっちは電気や岩タイプを用意しておかないとな」
「いやいや。そいつの強さは半端じゃないんだ。タイプの相性なんか関係なくなるほど強引な戦い方らしいぞ。手持ちもバランスよく揃ってるだろうし」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
「おれが聞きたいよ。バトル大会で優勝すればゴルドレイっていう領主から褒美をもらえるらしいのにな」
 アムもユウマに勝つ方法があれば教えてもらいたいと思った。何度か戦い、勝てたこともあったが、負けた回数のほうが圧倒的に多い。ライバルとはいってもユウマは頭ひとつ先をいっていた。
「ゴルドレイは昔は相当強いトレーナーだったらしいぞ。優勝すれば戦えるかな」
「バトル大会で優勝して気に入られれば取り立ててもらえるらしいぞ。たしか今の親衛隊のひとりもバトル大会の優勝者とか。由緒正しい名家だから給料もいいんだろうな。バトル大会で優勝して、ゴルドレイと戦えれば、そんなのも夢じゃないかもな」
「でもゴルドレイは凄腕なんだろ」
「それだよ」ひとりが声をひそめた。「いい話がある。オルソー城の中に大きな壁掛けの絵があるらしい。普段は家来でも見られないらしいがな。その家来たちの噂では、ゴルドレイの強さの秘密というか、弱点が隠されているってことだ」
 思わぬ話の展開にアムは耳をそばだてた。
「本当かよ。噂なんだろ」
「まあそうだ。単なる噂話かもしれない。しかし本当ならゴルドレイに勝てるかもしれないぞ」
「でも城の中で、家来でも見られないんだろ。ポケモンの力を借りれば忍びこめなくもないが、そこまで危険は冒せないだろ」
「そうだよな。まじめにバトル大会に参加するしかないよな」
 そこからふたりの話はポケモンバトルのこつの話に移っていった。すっかりバーガーを食べ終わっていたアムはもう聞くことはないと思って席を立った。
 店を出たアムの行く先は決まっていた。この日のアムを探す目的は変更することにした。バトル大会出場を止めるのは大会当日の明日でもできる。それよりも今はオルソー城に戻るのが先だった。さっきのふたりの会話を信じれば、そこにゴルドレイの弱点があるはずだ。アムには確信があった。
 ゴルドレイが空中要塞を浮上させたとき、その力で一番はじめにしたことを思い出した。それはオルソー城を破壊したことだった。なぜか。そこに自分の弱点を示すなにかがあったからなのではないか。
 アムはとげまるを出して、再び空を飛んだ。

 オルソー城の探索は思うように進まなかった。謁見の間やアルセウスと戦った塔、ハードマウンテンに行く前日に泊まらせてもらった部屋や昨日忍び込んだ場所など、いろいろと見ていたはずなのに、それ以上に城は広くて、いまだに全容がつかめない。さらにバトル大会の前日ということもあって、人の出入りが多い。そこかしこに衛兵が配置されていて、思うように動けないということもあった。
 そうしているうちにあっという間に一日を使ってしまった。アムは昨日と同じ場所で寝て、そして夜が明けた。
 今日はバトル大会当日だ。決勝に進んでくるはずのアムを止めるのは城内でやるしかないだろう。その前に、ゴルドレイの弱点の手がかりとなる絵を探さねばならない。
 時間はない。いつディアルガの力が尽きるのかわからない以上、もたもたしてはいられなかった。多少危険を冒しても絵の探索をするしかない。
 アムは見当をつけていた。衛兵に見つからないように謁見の間へと向かう。入り口にひとりの衛兵が立っていた。目立つことはしたくないが仕方がない。ヒカリをモンスターボールから出した。
 ヒカリは衛兵に近付いていく。衛兵は一瞬警戒したが、ヒカリのかわいらしい仕草を見て油断したようだ。そのときヒカリが〈猫騙し〉を喰らわせた。衛兵はおおげさに驚き、ひるんだ隙にアムはその脇を駆け抜けて謁見の間に入った。
 謁見の間には誰もいなかった。ゴルドレイに謁見したときは緊張していたせいもあって室内をゆっくりと観察する余裕はなかった。
 改めて室内を見回すと、その広さに圧倒される。壁や柱の装飾も荘厳だ。古い絵画もたくさん掛けられている。シンオウ地方最大の山、テンガン山を描いた風景画。ゴルドレイの先祖だろうか、偉そうな老人の肖像画が並んでいる。その中で、ひときわ大きな絵を見付けた。謁見の間の入り口の上にあり、ちょうど玉座から正面に見上げることができる。
 中央に白く大きなポケモンらしきものがいる。その周囲に三つの輝くなにかがある。どこかで見た絵と思って記憶を辿ると、遺跡の孤島で見た石碑に描かれたものに似ているのだと気付いた。あれには空中要塞とそれに苦しめられる群衆も描かれていたが、こちらにはそれはない。白いポケモンはアルセウスだろう。三つの輝きは真なる宝玉――火炎玉、電気玉、命の玉なのだろうか。アルセウスを操るために必要なもの、それを表している。
 いや違う。宝玉ではない。輝きをよく見ると、それぞれにふたつの目がついている。生き物――きっとポケモンを表しているのだ。三つのポケモンがアルセウスを取り囲んでいる。とすると、これは何を意味しているのか。
 そのとき人の気配を感じた。視線を下に降ろしていくと、扉を開けて人影が歩み寄ってきた。見間違いようはない。デネブだ。一瞬、ディアルガの力を借りてアムを追ってきたのかと思った。しかしすぐに否定した。あれはこの時間のデネブだ。
「お前は何者だ」
 デネブは冷徹な目でアムを見ている。
「いや、道に迷っちゃって。バトル大会の会場はどこかなあ」
「とぼけるんじゃない。大会関係者だからといってここに来れるはずはない。それになぜ、私と同じマントをしている者がこんな場所にいる。お前は一体何者だ」
 アムの羽織っているマントはデネブにもらったものだ。同じもので当然だ。しかし説明したところでわかってもらえるだろうか。
 デネブは指を顎に当ててなにかを考えているようだ。じっとアムの顔を見ている。心の内まで見通されているようで、アムはたじろいだ。
「それは私と同じマントではなく、私のマントそのものだな。同じものが同じ時間に存在している、とすれば考えられることはただひとつ。ディアルガの力が関係しているのか」
 アムはなんとも言えず、立ちすくんでいた。
「言いたくなければ言わなくてもいい。未来のことを知ったところでどうなるものでもない。しかし私はゴルドレイ様に仕える者。どこの馬の骨かわからぬ者を城の中で好き勝手にさせるわけにはいかない。すぐにここから立ち去るがいい」
「でも」
「これは警告ではない。すぐに衛士を呼ぶ。その前に私のポケモンと一戦交えるかしら」
 デネブは半歩前に出る。手にマスターボールを持っている。恐らくディアルガだろう。ここで戦っても勝ち目はない。
 アムはデネブから視線を上に移動し、最後に例の絵を見収めた。デネブの脇をすり抜けて通路に戻ると、たくさんの衛兵の足音が近づいてくる方から遠ざかるように走りだした。

 アムはコロシアムに向かった。コロシアムは地下通路でオルソー城と直結している。地下通路からでも外の歓声がよく聞こえる。まだ決勝戦は始まらないはずだ。だとすると決勝戦に勝ち上がるアムに会って止めることはまだ可能だ。
 足元がふらついた。と思うと視界が歪んだように見えた。目をしばたたくと何もなかったかのように視界の歪みはなくなってしまった。少し考えてアムは思い至った。ディアルガの力の限界が近付いているのかもしれない。急がなければ。
 アムは走り出そうとした。その角を曲がれば選手控え室だ。そこに当日のアムがいるはずだ。しかしアムは足を止めた。角から人影が現れたからだ。
 ユウマだった。ポケットに手をつっこんでこちらを見ている。
「アムか。ちょうどよかった」
 ユウマがにじり寄ってくる。
「ちょうどよかったって?」
「おれはこれから準決勝なんだ。肩慣らしにお前とバトルができるじゃないか」
 アムはかぶりを振った。
「だめだよユウマ。おれは急いでいるんだ」
 ユウマは鼻を鳴らした。
「どいつもこいつも弱いやつらばかりでな。骨のあるやつと戦わなければポケモンたちがなまっちまう。お前とはどうせ決勝戦で戦うが、今ここでやりたい」
 ユウマはせっかちで身勝手だ。幼馴染であるアムはよくわかっている。
 ユウマはモンスターボールを投げた。通路はポケモンが戦えるくらいの広さはある。ユウマのポケモンはリザードンのゲルググだった。
 また空間が揺れる。もう時間がない。しかしユウマには何を言っても無駄のようだ。突破するしかない。アムはヒカリに指示を出した。
「ヒカリ、〈ボルテッカー〉だ」
 ヒカリがゲルググに向けて突進する。ゲルググが技を出すより先にヒカリの〈ボルテッカー〉が炸裂する。ゲルググにはかなり効いているようだ。
「やるな、アム。ゲルググ、反撃だ。〈大もんじ〉」
 ゲルググが力を溜めて炎の塊を吐き出す。〈火炎放射〉よりも強力な火球だ。あれを喰らったらヒカリでは耐えきれない。
「よけるんだ、ヒカリ」
 ヒカリは火球を紙一重のところでよけてみせた。地面で火球が爆発する。炎が大の字に炸裂した。ものすごい威力で、飛び散った炎が床や壁を焦がす。
 アムは別のモンスターボールを投げた。
「ヒカリ、交替だ」
 モンスターボールからキングドラのゾーラが現れる。バトル大会の決勝戦で痛い目を見ていたが、ここはやはり水タイプで攻めたかった。
「ゾーラ、出番だ。相性はいいが油断するな。あのリザードンは手強い」
「ほう」
 ユウマが感心したような声を出した。「よくわかっているじゃないか。おれのゲルググは相手が水タイプだろうが関係ない。ましてレベルの上がりきっていないキングドラごときではな」
 ユウマの言うようにゾーラはまだ満足する技を覚えていない。しかしアムが手塩にかけて育てたポケモンだ。簡単に負けたりはしない。
「ゲルググ、もう一度〈大もんじ〉だ」
 ユウマの号令に応えてゲルググが〈大もんじ〉の炎を吐き出す。ゾーラはよけられず、まともに喰らってしまう。大の字に伸びる炎がゾーラを包み込む。
 ユウマが勝ち誇ったような顔を向けてくる。が、炎が消えるとその表情は凍りつく。
 炎が消えて煙が残る。それが霧のように拡散する。その霧の正体は雨だった。通路に雨が降りしきる。
「これは、まさか〈雨乞い〉か」
「そうだよ、ユウマ。ゾーラの〈雨乞い〉さ」
 アムはゾーラが〈大もんじ〉を喰らう前に〈雨乞い〉を指示しておいた。ハードマウンテンでのバクの戦い方を参考にしたのだ。〈雨乞い〉によって雨を降らせておけば炎タイプの〈大もんじ〉の威力は半減される。さらに今後水タイプのゾーラの技の威力が上がるのだ。
 アムはユウマがひるんだ隙にゾーラに指示を出した。
「ゾーラ、〈波乗り〉」
 ゾーラが力を込めて大量の水を発生させる。〈雨乞い〉によって威力の増した水がゲルググを呑み込む。ユウマ自慢のゲルググもこれには耐えられなかった。戦闘不能になって倒れている。その時、また視界が歪んだ。空間が歪んでいる。時間はぎりぎりだ。
 ユウマはゲルググをモンスターボールに戻す。
「やればできるじゃないか。それでこそおれのライバルだ。その必死さ。その戦う意志。これこそポケモンバトルだよなあ」
「ユウマ、今はそれどころじゃないんだ。おれはこの先に行かなければならない」
「だからな、アム」ユウマは別のモンスターボールを投げた。中から次のポケモンが出てくる。皇帝ペンギン型のエンペルトだ。ユウマがシンオウに来てから育てているらしいポケモンだ。
「先に行きたければ力ずくで行けと言っているんだ。さあ、バトルを続けるぞ。エンペルト、〈波乗り〉を返してやれ」
 エンペルトが〈波乗り〉を繰り出す。雨状態はまだ続いているためにその威力は絶大だ。ゾーラは水タイプだから〈波乗り〉を喰らっても致命傷にはならないが、それなりのダメージになってしまう。なんとか耐えられたが、何度も喰らうわけにはいかない。
 エンペルトは水タイプに加えて鋼タイプも持っている。ゾーラの持つ技では決定打に欠ける。
 くじけそうになる心を奮い立たせてアムは歯を食いしばる。
「こんなところで止まるわけにはいかないんだ。おれは絶対に勝たなければならない。この先に行かなければならない」
 アムはゾーラを下げて次のモンスターボールを投げた。とげまるがボールの勢いを借りてそのままエンペルトに突っ込む。
「とげまる、〈波導弾〉。いけえ」
「エンペルトに格闘タイプの技をぶつけるか。やるな、アム。しかしおれのエンペルトをなめるなよ。飛行タイプを出したのは間違いだったな。エンペルト、〈冷凍ビーーーム〉」
 エンペルトが口から〈冷凍ビーム〉を吐き出す。とげまるは捨て身で突っ込む。〈冷凍ビーム〉と〈波導弾〉の力がぶつかり合う。
 空間が歪む。今度のものは今までで一番のものだった。エンペルトととげまるの姿が周りの景色ごと渦を巻く。アムは自分が立っているのかもわからなかった。モンスターボールの安全装置が働いたのか、とげまるとヒカリが強制的にそれぞれのボールに吸い込まれ、ボールはアムの手元に戻ってきた。最後に見たのは、ユウマの呆然とした顔が遠ざかるさまだった。
 来た時と同じように、アムはこれまで起こった出来事を次々に見ながら、時間を戻っていった。時間を溯ったのに、なにもできなかった。絶望を抱きながら白い世界から抜け出た。
 アムはポケモンセンターの広場に立っていた。強い風に乗って雪が降っていた。


つづく



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