アムベース>

ポケットモンスター光


アルセウスと真なる宝玉



6 アルセウスと空中要塞

 アムは意識を取り戻した。古代遺跡のある島だった。
「おれ、戻ってきたのか」
 呟いてから咳き込んでしまった。喉がからからだ。身体中が痛い。頭がぐるぐるとしていて気持ち悪い。時空を超えてきた後遺症のようなものだろうか。
 アムがはじめに考えたのは手持ちのポケモンたちの安否だった。上半身を起こして周囲を見回す。モンスターボールが六個、転がっていた。中にヒカリたちの姿を確認してほっとする。みんなぼろぼろに傷ついているがともに時空を戻って来られたようだ。
 息をついて改めて辺りを見た。ゴルドレイはおろか、その仲間たちも見当たらない。夜明けが近いのか、東の空がうっすらと白くなっている。反対に西の空はまだ暗い。が、ハードマウンテンが噴煙を上げていて、空は不気味に赤みがかっている。
 その西の空から何かがこちらに近付いてくるのが見えた。空を飛ぶそれは知っているポケモンに見えた。火炎ドラゴンのリザードンだ。
 リザードンは翼を羽ばたかせながらアムの目の前に着地した。その背中から降りてくる者があった。ユウマだった。
「ミナの言った通りだったな」ユウマはアムの近くに転がっているモンスターボールを見回す。「ポケモンがみな瀕死ということも当たっている」
「ユウマ、どうしてここに」
 アムが訊くと、ユウマは「ああ」と頷いてからアムのモンスターボールを拾い始めた。
「ミナに言われてお前を助けにきた。ほら」
 ユウマはアムにモンスターボールを渡す。
「ありがとう」
 さらにユウマはいくつかの道具を寄越してきた。ポケモンを戦闘不能から回復させる道具、元気の欠片と回復用の凄い傷薬だった。
「とりあえず応急処置にはなるだろう」
 アムは遠慮なくもらって、ポケモンたちを回復させた。
「でもどうして」
「言っただろう。ミナに言われてきた。貴重なポケモンを譲り受ける条件でだ。でなければお前を助けたりはしない」
 きっと事実なのだろう。しかしアムはそこに少しの照れ隠しがあることに気付いていた。
「ゴルドレイにやられたんだな」
 ユウマに言われ、アムは頷いた。
「でも、どうやってここに戻ってきたかわからないんだ。ゴルドレイたちもどこに行ったのか、あれからどうなったのか、よくわからない」
「ゴルドレイたちはオルソー城に戻ってきた。そこでやつらは世界に向けてこんなメッセージを流したんだ。録画だが、見てみろよ」
 ユウマは手のひらサイズの機械を取りだした。ポケギアと呼ばれるもので、電話機能やらラジオやらが付いた便利な携帯マシンだ。今のタイプではテレビ放送を受信して、録画する機能も付いている。ユウマのものはその最新の機種のようだった。
 アムはそれを受け取り、録画されたものを再生した。
 演壇のようなところにゴルドレイが胸を張って立っている。後ろにはスレイとデネブが控えている。
「シンオウ地方および全世界に向けて宣言する」
 ゴルドレイは両手を掲げた。
「この私、オルソーシティの長、ヴィルヘルム・ゴルドレイは今より全世界の王となる。このオルソーシティを世界首都とし、ここからすべての地方を統御する政権を発足する。これは我が一族の正統なる権限のもとに宣布するものである。
 私は天上人の正当なる後継者である。今や天上人という言葉を知る者は少ない。しかし名のある学者や歴史家はその存在を証明できるであろう。地上に点在する数々の遺跡が物語っている。現在の人類よりもはるかに優れた知力と、ポケモンを操る能力により天上人は世界を支配していたのだ。
 そう。私はポケモンの力を軍事力として世界を支配する。この私に逆らうことは何人たりともできない。私は最強のポケモンを手に入れた。世界を創造したといわれる幻のポケモンである」
 ゴルドレイが杖をかざす。先端に三つの宝玉が輝いている。その中央に赤く輝くモンスターボールがあった。そのモンスターボールの口が割れ、中から光が飛び出した。光は巨大なポケモンを形作る。パルキアやギラティナに負けないくらいの大きさだ。それは白いポケモンだった。すらりと伸びた四足で立ち、赤い輪のようなものが胴体部を取り巻いている。頭部には後ろになびくような角があり、双眸は暗く光っている。その姿は神々しく、赤い輪が拍車をかけて神秘的にも見える。
「創造ポケモン、アルセウスである。アルセウスが私のもとにあるかぎり、私は誰にも負けない。さらにアルセウスの力によって無敵の空中要塞を操ることができる。どんな武力、軍事力も空中要塞の前には無力であると宣言しておく。もし信じられないのであれば抵抗することもいいだろう。ただしその場合、その勢力を擁する組織または自治体――それが政府や国家であっても、私はただちに容赦なく報復を行うものとする。
 これより二十四時間以内に回答してもらう。私に服従するか、それとも滅びの道を選ぶか考えるがよい。回答のない場合は滅びの道を選んだものと受け取る。二十四時間後から空中要塞は私に敵対するすべての組織に対して攻撃を開始する」
 そこで映像は終わった。
「おれも最初はバカな話だと思った」ユウマはポケギアをバッグにしまった。「しかしこの放送の後、オルソーシティの警察部隊――ゴルドレイの私兵ではなくシンオウ警察の分隊らしいが、これがオルソー城に突入した。ゴルドレイを捕えるためにな。しかし返り討ちにあった。強力なポケモンにやられたというから、きっとあのアルセウスとかいうのにやられたんだろう。今は国際警察やポケモンレンジャーの特殊部隊が出動したという情報もある。やつは戦争を始める気なんだ」
 ユウマの言葉に不穏なものを感じて、アムは身震いした。
「おれはポケモンを私利私欲のために利用しようとするやつが許せない。だからゴルドレイに抵抗することに決めた。しかし情報が少なくてな。そんなときミナからお前がこの事件に関わっていると聞いた。助けてやってくれと頼まれもしたからここまで来たんだ」
「おかげで助かったよ」
「で、お前はこれからどうするんだ?」
 答えは決まっている。
「ゴルドレイを止める。やつのポケモンはわかっているんだ。強力な伝説のポケモンだけど、手はあると思う」
 ユウマは微笑した。
「それでいい。おれにもやつの手持ちを教えろよ。まさかお前といっしょに戦うなんて気はないが、おれはおれで挑戦してみる」
「向かいながら教えるよ。行こう」
 アムはとげまるを出した。〈空を飛ぶ〉ならばオルソー城まではすぐに行ける。ユウマはゲルググに飛び乗った。ふたりのポケモンが明るくなりはじめた空に舞った。

 オルソーシティは騒然としていた。今やハードマウンテンは完全に噴火し、溶岩流が街に流れ込み、城を中心とする旧市街を中洲とする三角洲を形成する有様だった。旧市街は灼熱地獄と化していた。それに加えて警察やどこかの軍が城を包囲している。まだ突入してはいないようだが、それも時間の問題らしく、慌ただしい様子だ。
 アムはとげまるにつかまって上空を旋回して状況を確認した。ユウマはゲルググに乗ってどこかに行ってしまった。アムとは別のやり方でゴルドレイに対抗しようというのだろう。アムはとにかく正攻法に城に突入することを考えた。
 ふと下を見ると、城の裏手から潜入しようとしている人影がふたつ見えた。そのうちのひとりがかぶっているクリーム色の帽子には見覚えがあった。ミナだ。とすると、もうひとりはポケモンレンジャーの女の人だろう。
「とげまる、降りてくれ」
 とげまるが降下をはじめた。アムはミナたちの後を追うことにした。
 城には簡単に入ることができた。警備はまったくといっていいほどなかった。静まりかえっている。
 豪奢な絵画や彫刻の並ぶ大きな通路を進んでいくと、やがてミナたちに追いついた。
「アム、無事だったのね」
「ユウマが助けにきてくれたんだ。ミナが頼んでくれたんだろ。ありがとう」
「そんなのいいよ。手伝ってくれるんでしょ」
 もうひとりの女性がアムに歩み寄った。赤い色の動きやすそうな服を着ている。アムやミナよりも少し年上のようだ。
「ポケモンレンジャーのハーブよ。アムくんのことはミナから聞いているわ。よろくね」
「よろしくお願いします」
「わたしたちはゴルドレイに戦いを挑みます。アムくんは優秀なポケモントレーナーと聞いているわ。いっしょに戦ってくれるわね」
「勿論です」
 ハーブは満足そうに頷いた。
「ゴルドレイは空中要塞を浮上させようとしているわ。急ぎましょう」
 ハーブを先頭に走りだす。すでに城の中は知り尽くしているらしく、迷いもせずに上の階層に上っていく。ゴルドレイの居場所もわかっているのだろう、一番高い尖塔を突き進む。その最上部に到達した。
 階段を上りきると強い風が吹き付ける場所に出た。四方が大きく開けている。もうとっくに夜は開けているはずなのに、薄暗い。空は厚い雲に覆われ、火山が赤々と照らしている。
 南の孤島の遺跡にあったのと同じような模様が壁を彩っている。なんらかの祭事に使う場所なのだろうか。その中央にゴルドレイがいた。左右をスレイとデネブが固めている。
「ゴルドレイ。あなたの野望はここまでよ。おとなしく身柄を拘束されなさい」
 ハーブが詰め寄ろうとすると、デネブがモンスターボールから黒い鳥ポケモンのドンカラスを出して、行く手を遮った。ドンカラスが翼を広げて威嚇すると、ハーブはそれ以上進めなかった。
「まだ私に逆らう者がいたのかと思えば、貴様か。レンジャーと手を組んだか」
 ゴルドレイはハーブとミナが目に入らないかのようにアムをじっと見ていた。
「未熟なレンジャーとトレーナーを何人連れてこようが私を止めることはできん。見ているがよい。ちょうど、アルセウスが空中要塞を復活させるところだ」
 ゴルドレイが窓の下へ目をやった。その視線を追うと、城の中庭に、白い巨体があった。アルセウスだ。記録映像で見たときよりもはるかに大きく、はるかに神秘的に見える。そのアルセウスが天に向けて咆哮した。その体が虹色に輝きだす。
 アルセウスを中心に地響きが起きた。震動は大きくなり、立っているのが難しいほどになった。アルセウスのいる中庭に亀裂が走ったかと思うと、大地が裂けた。土煙がアムたちのいる塔よりも高く舞い上がった。その土煙を破るように、地中から巨大な何かが浮上してきた。巨大なものはオルソー城を押しのけてくる。オルソー城は地中に呑み込まれるように崩れていった。最後に残ったのはアムたちのいる塔だけだった。
 浮上してきた巨大なものは城か要塞のようだった。丸みを帯びた逆さピラミッド型というような形をしているようだが、巨大すぎてアムのいる場所からは全容が見えない。その頂上にアルセウスが君臨している。
 ゴルドレイがマントを翻して土煙を払いのけた。
「見よ。これがアルセウスの空中要塞。天上人が地上を支配するための城だ」ゴルドレイは不気味に笑う。「アルセウスの力は空中要塞によって増幅される。その真なる力を見よ」
 ゴルドレイが杖をかざす。先端に装着された三つの宝玉が輝く。
「ゴルドレイ様、それは」
 デネブが意外というふうに目を見開いてゴルドレイの挙動を見た。
「〈裁きの飛礫〉の真なる力だ」
 ゴルドレイが杖をアルセウスに向けて振るう。アルセウスはそれに応えて咆哮した。その体から眩い光が迸る。
 空中要塞の中層にぐるりと無数の突起物がでている。その突起物の先端が輝きだしたかと思うと、光が弾けた。
 無数の光の矢は一度天空高くに上昇し、それから地上に降り注いだ。はじめにオルソー城が爆壊した。崩れゆくオルソー城を取り巻くように配置していた警察や特殊部隊の車両も次々と破壊されていく。光の矢ひとつがすさまじい破壊力を秘めている。それが無数に舞い落ちて、地上は地獄と化したようだった。
「すばらしい力だ」
 ゴルドレイが声を震わせている。
「ゴルドレイ様。空中要塞の力は強力すぎます。これでは街も破壊されてしまいます」
 デネブが恐る恐る進言した。
「こんな古いだけの街など一度まっさらにすればよい。その上で私に相応しい街を造ればいいではないか」
「オルソーシティは歴史ある街です。その上に天上人たるあなたがいるのではないのですか。ここはわたしたちの故郷ではないですか」
「うるさい。私に意見するか」
 ゴルドレイが杖でデネブを突いた。すさまじい力によって、デネブは床に叩きつけられた。
「こんな田舎の街に執着はない。まずはここを破壊しつくして、世界に私の力を見せてくれるわ」
「そんな」
 デネブは力が抜けたようにその場にくずおれた。デネブの手持ちのドンカラスが主人を心配してそのそばに寄りそう。
 ドンカラスから自由になったハーブがゴルドレイに詰め寄る。
「あなたの勝手にはさせない」
「レンジャーの分際で、私に盾突くな」
 ゴルドレイが杖を振るう。先端の三つの宝玉からなんらかの力が放出しているらしく、ハーブはそれを受けきれずに吹っ飛ぶ。
 ゴルドレイは鬼の形相になっていた。その圧倒的な威圧感に、アムは足がすくんでしまった。
「貴様らとの遊びも終わりだ。見ているがいい。これから世界は変わるのだ。アルセウスと私が世界を動かしていく。新しい秩序を私が創るのだ。ポケモンの力による支配された秩序。これこそ新しい世界となる」
 ゴルドレイの体が光りだし、浮遊をはじめた。ゆっくりと上昇していく先にはアルセウスが瞳を輝かせていた。アルセウスの力によって浮遊したのだろう。ゴルドレイはアルセウスのもとに向かっている。
「行かせるか」
 アムは勇気をふり絞った。ヒカリがアムの勇気に応えてくれる。ヒカリはアムの肩に乗り、アムは拳をゴルドレイに向けて突き出す。ヒカリはアムの腕を滑走路にしてジャンプした。ヒカリの全身が輝きだす。〈ボルテッカー〉だ。
「何度言えばわかるのか。そんなものは無駄だ。進化もしていない普通のポケモンがどうやっても、私のアルセウスには勝てない。喰らえ。〈裁きの飛礫〉だ」
 ゴルドレイが命じると、アルセウスの体が光りだし、光の矢が放たれる。〈ボルテッカー〉で突進するヒカリに、アルセウスの無数の〈裁きの飛礫〉が襲いかかる。二、三発までは弾き返したが、それ以上は無理だった。ヒカリはたまりかねて吹き飛んでしまった。
「身の程を知れ」
 ゴルドレイはアルセウスの元に辿り着いた。
「ゴルドレイ様」
 叫んだのはスレイだった。
「私をお連れください」
 ゴルドレイはスレイを見下ろしている。眉を少し吊り上げた。
「スレイ、貴様は今までよくやってくれた。しかしここからは私ひとりで十分だ。空中要塞に入ることができるのは天上人たる私だけでいい」
「そんな。私を連れていってはくれないのですか」
「そういうことだ」
 ゴルドレイはアルセウスとともに、そこにあるらしい入り口から空中要塞に入っていった。
 スレイもデネブも、力尽きたようにしゃがみこんでいる。ハーブとミナは恐怖に抗うかのように抱き合っている。アムは瀕死のヒカリを抱きかかえて動けなかった。
 大地を震わせて、空中要塞が浮上していく。いつからかハードマウンテンの噴火は収まっていたようだったが、空は燃えるように赤いままだった。


つづく



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